【前編】美術館の新しい定義が更新された世界的潮流の中で、先駆的な美術館である「八戸市美術館」。機能や要素が複合化した、誰もが集まれる場所を目指した。

Q.八戸市美術館のコンセプトは「出会いと学びのアートファーム」。初めに、どのようなお考えでつくられたのか、お教えください。

八戸市美術館
外観写真 ©阿野太一

八戸市美術館は2020年に竣工し、

「出会いと学びのアートファーム」は、八戸市が要求していた美術館の機能を体現したテーマで、2021年にオープンしました。

八戸市には永らく税務署を改修した建物を美術館としていて、本格的に美術館を作りたいという待望論がありました。そこで、国内の美術館の多くがしていたように、目玉の美術作品を購入するようなことを今の時代に行ってもしようがないのではないか、八戸市には市民の文化や歴史がすごく豊かにあるのに、借りてきた作品を出して、これが美術ですというのではないものを目指すべきなのではないか、ということになりました。
自分たちの足元をきちんと見つめ直すようなことを、美術館の機能として考えた方がいいというのが始まりです。

八戸市のプロポーザル要項には、そのような考えが読み取れましたので、どのような建築がふさわしいのかを考えました。そして設計チーム内に、それぞれ専門が違う、いろんな知見を持ったメンバーと一緒にやったほうがいいだろうという考えから、PRINT AND BUILDの浅子佳英さん、PARADISE AIRの森純平さんと組んで共同設計をしました。

Q.西澤先生の略歴を拝見しますと、美術館の設計が多いでしょうか。

前職の青木淳さんの設計事務所では青森県立美術館を担当し、そこから美術館に関わるようになりました。青森のときにいろいろな学芸員の方やアーティストの人が視察にこられて、そこで知り合いになったことがその後の設計活動に繋がっています。

Q. 最近の美術館の施設構成は、従来とかなり変わってきているのでしょうか?

そう思います。講演会場やセミナールーム、いろいろ議論できる場所、イベントスペースなどなど、いろんな機能や要素が複合化されてきていると感じます。

八戸市美術館
八戸市美術館
巨大であるということがさまざまな活動を受け入れる場所となるジャイアントルーム。 ©阿野太一
八戸市美術館
個室群は展示や制作といった機能に最適化した小さな部屋のつらなりからできている。ガラスの向こうにジャイアントルームが見える。
©阿野太一

そのために用意したのは、ジャイアントルームと個室群という2種類の空間です。

ジャイアントルームは、使い方があまり限定的ではない、何をやってもいいような、体育館みたいな大きな空間です。個室群はスタジオやアトリエ、ワークショップルーム、ホワイトキューブ、そういう特定の使い方や展示や制作ができる空間で、この2種類があればその組み合わせによって、さまざまな活動が可能になると思いました。

次に、その部屋の位置関係です。

エントランスロビーに入って展示室や市民ギャラリーへ行くというのが普通です。廊下の奥へ行ったらワークショップルームがある、ロビーにはショップやカフェがあって、といった具合です。ちょっと奥まったところに行かないと会議室やワークショップルームにたどり着けない。だけど、八戸市美術館では、もうジャイアントルームに入ったら展示室もワークショップルームも全部並列に並んで見えて、そこに位置空間の優劣がないのです。

ジャイアントルームの中に受付もロッカーもあります。巨大なエントランスロビーでもあるし、イベントスペースでもあり、レクチャースペースでもあり、スタッフの作業場でもあります。たとえば、ダンボール詰めなども来館者の横で作業しています。

来館者からすると、いつもスタッフが違う制作や作業をしているので、あまり敷居が高くなく、かしこまって展示室へ入ろうかということもない、街が美術館に入り込んだ感じ、街の延長という感覚を持つのではないでしょうか。

Q.最初にジャイアントルームがあって、美術館のイメージが大きく変わった印象を受けます。この発想されたのはなぜですか

例えば、展示室っていう名前がついているからといって、展示室でワークショップをしてはいけないわけじゃない。ワークショップルームやスタジオで展示してもいいわけです。だけど、建築の計画学では、プランを書いてそこに名前をつけたらそこがそういう使い方をするという、何となく暗黙の了解で進んでいるところがあります。

本当は、ワークショップルームだったらワークショップルームの絵の具が収納してある収納棚がきちんとあるとか、水場があるとか、そういう設えとセットになって初めてそこで、どういうことができるかが決まります。だけど、他にも使うかもしれないからっていうことで何となくニュートラルな、カーペットが敷いてあって、白い壁で、可働の会議テーブルがあるぐらいしか考えないことが多いのだと思います。

でもワークショップって本当はどういうことやるのっていうことを考えると、本当はもっと設えを徹底的に考えなきゃいけないことがいっぱいある。展示室も同じです。だから個室群の方はそんなに大きくはなくて、50㎡ぐらいのものがいくつかありますが、水場があるとか、壁にビスを打っても構わないとか、照明がこういうふうにできるとか、展示壁がこう動くとか。何かそういう機能に特化しています。

とはいえ、ワークショップに最適化した部屋を作ったけれど、そこは展示しにくいかというとそんなことはなく、こういう部屋だと、ではどうすれば面白い展示ができるかと考えると新しい発想に繋がるのです。

一方、大きいことも機能の一つであって、ジャイアントルームは、余計な機能はついてないけれど、とにかく大きいという機能はあります。 ジャイアントルームは、45m×18m×17m、低いところの高さが9mです。45mを移動する4台の収納棚と、高さ9mのカーテン、可動パーティションで簡単に仕切れるようになっています。たとえば、ちょっと3方向だけ囲ってコーナーを作ってみたり、お客さんから見えるのだけどちょっと場所を作ってみたりすることが可能です。そうやって自由にスペースをレイアウトできるので、小学生の作品展示もするし、書道パフォーマンスもするし、トークイベントや大きな作品を制作することもできるし、大人数でレクチャーをすることもできます。そしてそれらの活動が共存することができるのです。

八戸市美術館
ジャイアントルームの様子 ©新建築社
八戸市美術館
ジャイアントルームの様子 ©新建築社

壁、天井、カーテンも吸音効果がありますので、遠くで何かイベントしているというのはわかるし、賑やかな感じはあるけど、近くの会話の明瞭性はすごくあります。壁、天井、カーテンも含めて音響シミュレーションをしました。

すごく音の通りはよく、今は、ピアノコンサートも行われています。

建物の西角、来館者用のスペースですが、スタッフもここでパソコン作業などの仕事をしています。それがこのエントランス入る前にチラっと見えます。パソコン用の電源もとれるしカフェっぽい感じ、イスもちょっとハイスツールにしていて、中学生や高校生が街を眺めながら勉強をしています。

ほかに、スタッフが作業をここでしていて、来館者から見えています。離れた倉庫に道具があると、いちいち取りに行くのが億劫になってしまうものです。収納棚の中に道具が用意されているので、思いついたらすぐ道具を取り出して、何かを始められるのです。

美術館がこうあるべき、図書館がこうあるべきということを、多くの先人が計画し、機能を分節することで、公共建築は、ビルディングタイプとして専門化してきました。それがもう1度、溶け合ってきている感じがします。未分化の状態に戻ってきているという感じです。だから八戸市美術館は美術館にこれまでなかったような機能や使い方もどんどん取り入れて、誰もが集まれる場所を目指しました。

Q.施設内の動線などもずいぶん変わっていて、室内を自由に動くというお考えがあったのでしょうか?

展覧会の会場構成などをやっていると、美術館の裏側を見る機会がとても多いのです。

どう搬入されるか、どう裏方のスタッフが動くか。ここに気をつけると、運営する人が使いやすいだろうなとかが、だんだん分かってきます。

表面的な見栄えだけ良くするのではなく、実際に働いている人を働きやすくしないときちんと機能しない。表のことが裏ときちっとかみ合うように八戸市美術館は計画しています。

今では裏で行っていたような仕分けや梱包作業を、ジャイアントルームですることがあるようです。すると作業スペースとして広々と使えます。ちょっとカーテンで簡単に仕切れば、そこで作業したり打ち合わせをしたりできるようになっています。裏に無駄なスペースがなくなるし、全部ジャイアントルームでやることでお客さんの方も何をやっているのかわかる。それで興味を持ってもらえたらいいなと思います。

Q.内部空間と外部空間ってどういうふうにお考えになっていますか?

市街地の中に美術館と銀行が入っている外部空間(敷地)の動線計画がわかる配置図

もともと、八戸市の中心部である敷地の南側の角に青森銀行が建っていて、それを取り囲むようにいびつな形の市の土地がありました。

そこで土地を等価交換して、青森銀行は敷地の北側へ移り、銀行の跡地が美術館の広場とすることになりました。

どの地方でも同じですが、もう市街地にはまとまった土地はありません。ですから、八戸市美術館は最後発でありながら恵まれた立地であると言えます。

敷地の西側に接する八戸駅から南へ向かう県道23号線と、それに直交する南側にある番町線、これらがメインの通りです。

通りを挟んだ西側には市庁舎があって、この周辺は徒歩1、2分で回れます。青森銀行にはATMがあって毎日、多くの人が利用し、市庁舎にもたくさんの人が来るので、ここはものすごい人通りとなるのです。

美術館の敷地内にもここには人の動線を遮るものを置かず、南の角から北へ斜めに突っ切ってもらえるように広くしています。すると美術館に用がある人だけではなくて、銀行に用亊がある人も敷地を通るので、美術館の賑わいにも映るという仕掛けです。

もう一つ、八戸市には三社大祭があって、巨大山車を美術館のマエニワに停められるようになっています。今までは市庁舎の広場に並べて、大通りにねりだしていましたが、それを美術館の方にも停めたいと要望があり、美術館の屋上から桟敷席のように山車の行列を眺められるようにしました。屋上は2階からテラスへ出られます。

Q.ジャイアントルームからオクニワを見ると、オクニワが連続してみえます。全体に街を取り込んだ形になっています。

八戸市美術館
ジャイアントルームからオクニワを見る ©加藤甫

美術館入口の風除室が飛び出ていて、美術館の西側にあるマエニワと北側にあるオクニワが何となく分節されています。ジャイアントルームは北側のオクニワに面して全面開放されていて、どちらかというとジャイアントルームと一体的に美術館の待機場所として使ったり、ここで子どもを自由に遊ばせてみたり、小学生がクラス単位で来た時に待機場所になったりします。逆にマエニワは山車が入ってきたり、キッチンカーがきたりすることができるので、街と連続した場所です。今は彫刻が置かれたり、イベントを行ったり、美術館に用事がない人にも日常的に青森銀行へ行ったり、近くでご飯を買ってここで食べたりというような都市公園的な用途で使われています。

マエニワは美術館専用スペースというわけじゃなくて、街の人に日常で使ってもらって、オクニワはもうちょっと美術館用途で使ってもらう、という位置づけです。

ジャイアントルームは北側のオクニワからの柔らかい光があるのと、ハイサイドライトがあるので、照明をつけなくても非常に明るく、ほとんど外と同じ感覚で、オクニワと繋がっている感覚があります。

Q.八戸市美術館の利用状況はいかがですか?

入場者数はとても多いようです。館内では、チケットはシールを体に貼っておくシステムなので、ジャイアントルームでコーヒー飲んでからまた入っても構いません。

美術館の機能を超えた、いろんな使い方がされているようです。たとえば、ある人がイベント等に興味が惹かれて行って、ふと覗いた展覧会が面白そうだと興味を持ったり、巻き込まれたりする、そういう偶然の出会いがとても必要だと思います。

Q.美術館の外部空間の作りはどう考えていられたのですか?

外部空間には、市街地なのでできるだけ緑がほしいということで、丸とか三角の形をした芝生エリアに、木を植えています。ここでピクニックイベントをしたいということがあって大きなスペースになっています。

その周囲を囲むコンクリートは、笠木を特注のタイルにした座面になっています。また山車を2台置けるスペースが確保してある以外のところは、くの字に折れた、両側から座れるベンチがあります。

八戸市は寒い地域なので、屋外や街の中にあまりベンチがないということに気づきました。とはいえ夏は過ごしやすいので、とにかく座れる場所を沢山作りました。それらは微妙に視線が向かい合わないように、斜(はす)になるように配置しています。

Q.美術館の敷地全体の軸線や地面舗装についてお教えください。

八戸市美術館
市外からの美術館の敷地全体

街の中心部に近い敷地南西の角から、銀行のATMまでを結ぶ対角線の動線を基準軸にして、植栽や街灯、くの字ベンチの中心が揃っています。

舗装材は微妙に紫色がかっていたり、ちょっと白っぽかったり、あと、粒の大小を変えています。基本はちょっと細長いもので、60×250か220mmです。立って注意深く見ないと、わかるかわからないくらいぐらいの色の違いがあります。微妙な色の違いで斜めに貼り分け、広い外構を分節して、小さな単位にしています。

八戸と青森や弘前は文化が全然違います。八戸は南部藩で、岩手に近いです。青森や弘前は太宰治や奈良美智や棟方志功がいますが、八戸は、もっと自分たちの足元にちゃんと面白い文化があるというところに注目してみようというのがこの美術館の発端でした。

それは世界的潮流でもあります。

昨年、ICOM(国際博物館会議、International Council of Museums)というのが世界中の博物館、美術館の集まりの大会があって、新しく美術館の定義が更新されました。そこには「誰もが利用でき、包摂的であって、多様性と持続可能性を育む。コミュニティの参加とともに博物館は活動し、」とあります。

※新しい博物館定義(ICOM日本委員会より)

「博物館は、有形及び無形の遺産を研究、収集、保存、解釈、展示する、社会のための非営利の常設機関である。博物館は一般に公開され、誰もが利用でき、包摂的であって、多様性と持続可能性を育む。倫理的かつ専門性をもってコミュニケーションを図り、コミュニティの参加とともに博物館は活動し、教育、愉しみ、省察と知識共有のための様々な経験を提供する。」

評価の定まった作品を展示して、見に来てくださいっていうのだけではもう駄目ですよと言っているんですね。八戸市美術館はこの新しい定義に先立ってつくられました。

そういう意味では先駆的な美術館と言えます。これを活動の中心に据えている美術館は世界でもまだ、数えるほどしかないはずです。

©Kai Maetani

西澤徹夫 (株)西澤徹夫建築事務所

1974年生まれ。2000年東京藝術大学美術研究科建築専攻修了。2000~05年 青木淳建 築計画事務所、2007年西澤徹夫建築事務所設立。2023年より京都工芸繊維大学デザイ ン・建築学系特任教授。「東京国立近代美術館所蔵品ギャラリーリニューアル」(東 京都、2012年)、「映画をめぐる美術──マルセル・ブロータースから始める」展会場 構成(東京都、2014年)、「Re: play 1972/2015―『映像表現'72』展、再演」(東京 都、2015年)、「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」(神奈川県 、2019年)、「京都市京セラ美術館開館1周年記念展 森村泰昌:ワタシの迷宮劇場 12 」(京都府、2022年)など展覧会会場構成、「京都市美術館再整備事業基本設計・実 施設計監修」(京都府、2019年、共同設計=青木淳建築計画事務所)、「八戸市新美 術館設計」(青森県、2021年、共同設計=浅子佳英、森純平)など、美術館・文化施 設の設計に多く関わる。「京都市京セラ美術館」で第8回京都建築賞、2021年日本建 築学会賞(作品)、2020年度JIA日本建築大賞、第30回AACA賞、第62回毎日芸術賞な ど、「八戸市美術館」で2022年度JIA日本建築大賞、第43回東北建築賞など、受賞多数。