【前編】人が公共空間に合わせるのではなく、自分のニーズに合わせて公共空間を使いこなすマイクロパブリック(小さな公共空間)発想のデザインスタイルへ。ウォーカブル時代の新しい公共空間の創出を目指す。
【事例:公園のような街路空間 富山市ブールバール広場再整備計画」】

「虫の目」と「鳥の目」を併せ持つ環境デザイン

── おふたりのプロフィールから、お話いただけますか?

(門脇さま)

私はGK設計 関西事務所の所長をしています。GKグループのGK京都というグループ会社の役員も兼務し、GK設計では、都市環境に関する設計業務や街づくり関係のことを担当してきました。

(磯部さま)

私はもともと東京に10年ほどいたのですが、関西に異動して約10年になります。環境デザインをメインに、東京以外の都市でのプロジェクトを担当しているイメージです。

── GK設計の特徴は、どのようなところにありますか?

(磯部さま)

GK設計は、東京藝術大学の学生であった榮久庵憲司らが立ち上げた「GKインダストリアルデザイン研究所」がルーツになります。その中の環境セクションとして、現在はホールディングカンパニーの一部として、都市環境や建築・ランドスケープデザインを中心に活動しています。他の企業と少し異なる点は、
私たちがプロダクト、小さな”モノ”のデザインからスタートしたということです。2022年で創立70周年を迎え、現在では環境デザインにも広がっています。
GK設計のデザイン思想は、非常に小さな視点から物事を考える「虫の目」と大きな視点から俯瞰して考える「鳥の目」を組み合わせることに特徴があります。私たちは、デザインの初期段階から使いやすさや人々の生活の視点を大切にしつつ、広い視野で敷地全体を含む風景をつくりだすアプローチを取っています。
GKデザイングループの70周年に際して、私たちは自分たちのモットーを「Activating Human Society」と表現しました。「社会や人間に対して、デザインを通じて少しでもポジティブな変化を促し、前向きに動き出す力を与えること」を目指します。GK設計は都市環境や環境デザインについて、同じことを考えています。

── 都市環境に特化したデザインを持つ会社としての特徴は何でしょう?

(磯部さま)

私たちは基本的に環境デザインを専門としており、特に多いのが公共デザインです。街中のストリートファニチャーや広場の環境設計、バスシェルターなども手掛けています。例えば、最近では栃木県宇都宮市の芳賀・宇都宮LRT「ライトライン」(ライト・レール・トランジット)のトータルデザインを担当しました。これは、全体のVI(ビジュアルアイデンティティ)から車両・電停等のデザインに至るまでトータルに手掛けたプロジェクトで、デザインによって街のアイデンティティつくる非常に様々なアイデアが反映された事例です。
また榮久庵が東京藝術大学の出身ということもあって、現在も美大卒のメンバーが多くいます。そのため私たちのデザインのアプローチは、技術的な視点を持ちながらも、”カタチの美しさ”の要素が強く反映されています。そして事業・運動・研究という独自の行動規範に沿って、自分たちのビジネスに繋げていくことを実践しています。

富山駅エリアの街路空間を再編成し魅力を高める

── 具体的なプロジェクトについて、教えてください。

(磯部さま)

最近、私たちは富山市の富山駅北側にあり、水広場・富岩運河環水公園までを結ぶ全長約420mに及ぶ街路、通称「ブールバール広場」の再整備計画に関わりました。A・B・Cゾーンのフェーズに分けた3年間にわたる工事で、


公園のような街路空間 富山市ブールバール広場再整備計画」
<公園のような豊かな緑環境をつくるブールバール広場>

この駅北側のエリアでは街路の老朽化に加え、並木が育ったことでやや暗くなり、ムクドリによる騒音等の被害が発生し、また、歩くには少し単調に感じるといった課題がありました。「コンパクトシティ」を目指す富山市では、LRTなどの公共交通を利用した街づくりが進められています。その中で、富山駅を境に路面電車が南と北で分断されていたものが2020年に繋がり、交通がスムーズになりました。私たちは、その中で街路空間をどう活かし、利用者が歩きやすく、心地よい環境を提供できるかを考えました。

このプロジェクトでは、富山市民が誇りとしている立山連峰を景観に取り入れることが重要な視点としてありました。また、公共交通機関としての路面電車を日常の中に溶け込ませることも考えました。そして、歩道に接している店舗
がイベントなどを日常的にできる空間をつくりあげることにも注力しました。

公園のような街路空間 富山市ブールバール広場再整備計画」
富山市100年の夢の実現とその先へ 〜自然、路面電車、日常生活とともにある風景〜

街づくりにおいて街路空間を利用する場合、法的な制約が多くあります。例えば、固定されないベンチやテントなどを常設設置するのは、現在の道路法ではかなり難しいことです。富山市は「富山市ブールバール広場等条例」を新たに制定することで、ここを単なる道路ではなく、公園のように利用できるようにしました。

── 道路を使うことは難しいと聞いたことがあります。

(磯部さま)

ものすごく大変です(笑)。問題の本質は責任者が誰かという点にありますから、その点をクリアにすることから始まりました。そのうえで私たちは、画一的な街路空間からの脱却を目指しました。一般的には街路空間といえば、街路樹やベンチがあり、同じようなパターンの道が続き、植栽が入っているイメー
ジです。今回は変化を加え、すべてのゾーンで緩やかなカーブをもたせたランドスケープをつくり、デッキや芝生の丘を設け、舗装計画ではインターロッキングブロックを敷き詰めるのではなく「半たわみ性舗装」というアスファルト舗装を施しました。これにより、素材感のある舗装としつつもキッチンカーなどがイベントなどで入ることのできる、広がりのある空間ができました。公共空間と民有空間とは切り分けることなく視覚上一体化し、例えば沿道のラジオ局やカフェの前では広い芝生やデッキスペースを確保することで、室内外でのイベントを開催しやすくしています。また、ムクドリによる被害が常態化していた並木は、半分以上減らしました。樹木配置や樹種を再調整して空間を広げることで、イベント時に必要なものを置くスペースができるなど、さまざまに利用できる場所ができています。

公園のような街路空間 富山市ブールバール広場再整備計画」
まちを使いこなし変化する場 〜必要な時に機能が拡張する休憩施設〜

夜間の景観についても改善を行いました。富山駅と富岩運河環水公園の間を、夕方や夜でも楽しんで歩いてもらうための照明計画です。もともとは均等に照明器具が並んでいたものを、ハイポールによって高い位置からスポットライトで照らす歩道照明としました。これにより照明柱の設置間隔を27mと通常より広げることができ、照明柱を意識しない空間をつくることができました。同時
に、沿道に設置した長いベンチには間接照明を仕込み、柔らかい光で変化のある空間を実現しています。

公園のような街路空間 富山市ブールバール広場再整備計画」
富山駅と富岩運河環水公園をつなぐ 〜「ひと」の誘導や回遊を促す夜間景〜

休憩スペースでは、街の機能を拡張することも考えました。通常よりも長尺のベンチを設け、普段は周辺のオフィスワーカーなどが座って食事をするときなどに使われています。それがイベントなどでキッチンカーをここに連れてくるときには、手動タープがベンチの上に展開し日よけになる仕掛けを施しました。ベンチ自体も奥行きを800mmと広くして、両面から利用できるようにしました。片側では電車が見える風景、もう片側では沿道の風景を取り込んでいます。

公園のような街路空間 富山市ブールバール広場再整備計画」
敷地全体に連続する長尺ベンチは歩行者が好きな場所で好きなように利用できる

また、ブールバール広場を歩いていくと、真ん中に橋があります。この橋からは晴れた日には立山連峰がよく見えるため、私たちは視点場としてここに巨大な背もたれのあるベンチをつくり、山並みを眺められるようにしました。反対側では段状にすることで川の風景が好きな場所から眺められるようになっています。

公園のような街路空間 富山市ブールバール広場再整備計画」
100年先の風景をつくる 〜立山の風景を取り込む「橋上ファニチュア」〜

個々人のニーズに合わせた柔軟な公共空間を用意する

── パブリック・ファニチャーもそれぞれデザインされたのですね。

(磯部さま)

最近我々が考えているのは、「マイクロ・パブリック」つまり「小さな公共空間」です。これまでの公共空間の多くは利用者が公共空間に合わせるというスタンスだったと思います。そうではなく、「公共空間」が「人」に合わせるという考え方を出発点とし、人が自分のニーズに合わせて公共空間を使えるようにするため、「私はここに座りたい」「ここでご飯を食べたい」「ここで勉強したい」といったことをそれぞれ思い思いにできるようにいろんな変化のある場所を用意したいと考えています。

次は、私自身がとても実現したかったことです。パブリック空間ではベンチな
どが固定されていて、柔軟な使い方がしにくい現状があります。最近の街づくりでは、さまざまな社会実験などが行われていますが、そこでよく出てくる課題のひとつが「収納庫」の問題です。例えば、イベントで使う什器や備品を持ち運ぶとき、離れた場所や誰かの家の倉庫を使わせてもらうといったことが現場ではよく起こり、けっこう大変です。

そこで考えたのが、私たちが「箱ファニチャー」と呼んでいる、タイヤ付きの可動式の収納庫です。普段は箱の扉を閉めた状態で、イベント時にはゴロゴロと移動して好きな場所で扉を開けば、中から可動家具が展開し活動スペースが生まれます。例えば「箱ファニチャー」にソファを入れておけば休憩スペースになりますし、什器を並べて屋台にもできます。必要なタイミングで箱を開いて、必要な機能を展開し、利用者が自由に使える空間が生まれます。これは通常の道路付属物としての扱いでは実現は難しく、沿道空間をより自由に使える仕組みを前提に実現したものです。イベントでは休憩スペースとしての利用の他、特異な例としてはDJブースやバーとしても活用され、人が集まって踊りだすような光景も目にしました。私たちの想定を超えた使われ方や活動がされていて、嬉しく思います。

公園のような街路空間 富山市ブールバール広場再整備計画」
公共空間を使いこなすための新しいストリートファニチュア
〜動く収納庫「箱ファニチュア」の実装〜
公園のような街路空間 富山市ブールバール広場再整備計画」
箱の中にはタイヤのついた可動家具がコンパクトに収納されていて用途によって自由に展開する

「グリーンスローモビリティ」という乗り物も、今回実装しました。新交通BouleBaaS(ブールバース)は歩くよりも少し遅く移動する、電気式の小型車両で、ブールバール広場とその先の富岩運河環水公園まで繋いでいます。観光客や住民はこれに乗って、“動くリビング”のような感覚で、ゆっくりと風景を見ながら移動を楽しむことができています。

公園のような街路空間 富山市ブールバール広場再整備計画」
ウォーカブルな街の移動具 〜新交通ブールバースの実装〜

── イベントもよく開催されているのですね。

(磯部さま)

今回の整備事業の取り組みには、周辺企業などが連携したエリマネ(エリアマネジメント)も関わり、年間を通じてさまざまなイベントを企画・実施しています。季節ごと、また夜もイベントができるので、さまざまな場所で「箱ファニチャー」を展開したり、沿道のデッキや芝生スペースを活用しています。私たちの計画では、イベント時に屋台などによる空間づくりが画一的にならないようにとも考えました。沿道は基本的にすべてが緩やかなカーブを描いていて、仮設テントを設営すると自然と変化のある並び方になります。これによりにぎわいがありさまざまな雰囲気を楽しみながら歩くことのできる空間ができました。

ちなみにブールバール広場の先には、歩いて楽しむまちづくりの方針から、通常の街路空間にはないものをどんどん足していこうと意図し、スケートパーク
やバスケットのコートを設けていて、子供や若者たちを中心に日常的に使われています。
街路空間を縦ではなく横に使うという考え方で、自然、路面電車、日常生活とともにある風景をつくることで、「富山市100年の夢」路面電車南北接続からさらに前進して叶え、未来へとつながる姿を形づくることができたと思います。

── ブールバール広場は人の拠り所がたくさんあり、いわゆる西洋的ではない日本的な広場のあり方のように感じます。

(門脇さま)

ヨーロッパの広場は、アゴラやフォルムのように、もともとはみんなで集うスタイルです。日本では「洛中洛外図屏風」に描かれたように、街路が広場のような機能をしていた側面があります。沿道の店と人との関わりの中で、広場のような空間をつくっていたのです。このブールバール広場は、確かに日本的な広場という見方ができるかもしれませんね。

公園のような街路空間 富山市ブールバール広場再整備計画」
画一的な街路空間からの解放 〜公園のようなオープンスペースの実現〜

(磯部さま)

沿道の店舗を取り込んだことが、大きな特徴です。ただ、今回はたまたま大きなテナントであったことがランドスケープに大きく反映されていますが、もう少し小さな店舗が並ぶような状況であれば、異なる設計となったかもしれません。

── とても細やかなデザインがされていますが、舗装も少しずつ変えているのですか?

(磯部さま)

舗装は主に3パターンあります。メインになるのは話に上げた「半たわみ性舗装」で、素材感がありつつも歩行者が安心して歩けるようにしています。もう1つ、デッキにはグレーのタイルを敷いて、イベント時にキッチンカーなどの車両が入れます。そして、芝生です。沿道側はフラットなのですが、道路側では一部丘のようにしています。丘は子どもの遊び場となっていますし、線路沿い
の手すりや柵などを見えにくくし、路面電車が走る様子が丘越しにきれいな景観として感じられるようにしています。

公園のような街路空間 富山市ブールバール広場再整備計画」
沿道の解放的な空間構成による多様な利活用ができる場を実現

(門脇さま)

電車の軌道の周りは制約が多くて、バリケードをつくるようになってしまうのですね。電車を身近にシームレスにつながるようにしたいと、ランドスケープの丘を利用しました。

株式会社GK設計

門脇 宏治(かどわき こうじ)
株式会社GK京都 常務取締役
株式会社GK設計 関西事務所 所長 

門脇宏治

1961年生まれ。1989年 京都市立芸術大学大学院美術研究科(環境デザイン)修了。同年よりGK設計に入社し、1994年 同社大阪事務所勤務、2012年 GK京都(GKデザイングループ内転籍)を経て現職。(GK京都 常務取締役、GK設計関西事務所 所長兼務)

プロダクト・建築・ランドスケープのシームレスな領域から生まれる環境デザインの実現を目指し、全国各地の駅周辺や地域環境のデザイン業務に従事する。

<主な仕事>
・東京都臨海副都心の道路景観の計画及び道路附帯施設の設計(東京都):1994(H6)年
・JR奈良駅周辺地区ふるさとの顔づくりモデル土地区画整理事業に関する計画書・駅前広場・道路附帯施設設計(奈良市):1999(H11)年
・新御堂筋(国道423号)高架下景観施設のデザイン・詳細設計(大阪市・大阪市道路公社):2001(H13)年
・野路西部地区ふるさとの顔づくりモデル土地区画整理事業に関する計画書・道路・広場施設設計(草津市・野路西部区画整理組合):2003(H15)年
・富山市内電車環状線化事業・富山駅周辺南北接続事業に関する軌道空間及び景観施設デザイン・詳細設計(富山市)*:2009(H21)年
・阪神甲子園駅西改札口前広場に関する構想デザイン・基本計画・設計(西宮市・阪神電気鉄道株式会社):2012(H24)年
・田原町駅周辺整備基本設計(福井市・福井鉄道株式会社):2014(H26)年

*:都市景観大賞 優秀賞(都市づくりパブリックデザインセンター)、土木学会デザイン賞 優秀賞(土木学会)、SDA賞(日本サインデザイン協会)など受賞


磯部 孝文(いそべ たかふみ)
株式会社GK設計 関西事務所 シニアディレクター
株式会社GK設計 大阪事務所 所長兼務 

磯部孝文

1980年名古屋市生まれ。 滋賀県立大学環境科学部環境建築デザイン学科卒業、滋賀県立大学院博士前期課程修了後、2025年に株式会社GK設計東京事務所に入社。現在、GK設計関西事務所勤務シニアディレクター、大阪事務所所長兼務。滋賀県立大学非常勤講師。

パブリックデザインに関わる仕事を生業とし、「動く」ストリートファニチャーのデザインを生きがいとする。

<主な仕事>
・災害支援仮設空間装置”QS72” 商品開発:2010年 (グッドデザイン賞受賞)
・京都信用金庫 “QUESTION”トータルデザイン (京都市):2020年 (グッドデザイン賞受賞)
・阪神甲子園駅西口広場整備基本設計・実施設計(西宮市):2020年
・富山市路面電車南北接続施設物実施設計、デザイン監理(富山市):2020年 (SDA賞受賞)
・神戸連節バス”Port Loop”トータルデザイン(神戸市):2021年 (グッドデザイン賞受賞)
・BB(ボックスベンチ)- MUFG PARK 設計・デザイン監修(東京都):2023年
・富山市ブールバール広場再整備基本構想デザイン・詳細設計(富山市):2025年
・御堂筋ほこみちユニット(大阪市):2025年

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