【前編】 建築の周りも含めた風景の関係性を大切に、目に映る風景、それだけで建築を創造。形式も材料も、すべて風景から見出すことで、その地域らしさを確かめるような建築を求めた。
設計事例:栃木県益子町「道の駅ましこ」、東京都渋谷区「Secondary Landscape / 屋上のランドスケープ」

■建築とランドスケープの境界を融解させる「地形」の思考

── まず、マウントフジアーキテクツスタジオのランドスケープデザインに対する考え方についてお聞かせください。

原田真宏:僕たちは、ランドスケープと建築とを明確に分けて考えていません。むしろ、自分たちの建築を語るときには、ランドスケープの比喩を使ったりもします。人間がそこに居たくなる質を持った、フィジカルな存在をどうつくるかということでは、東京のような過密な都市でも、地方の豊かな自然の中でも、僕たちのスタンスは変わりません。常に「地形としての建築」であり「ランドスケープとしての建築」を設計している意識です。

今は、地球上のほぼすべてが人工物で覆われた「人新世(じんしんせい)」といわれる時代です。人工物か自然物かという区別自体、あまり意味がなくなってきている。僕がよく例えに出すのが、カラスが針金ハンガーでつくった巣です。カラスからすれば、ハンガーも、木の枝やワラも、巣をつくるための「フィジカルに適した素材」に過ぎない。同様に、RC造のマンションのテラスであっても、そこが「陽が当たり、風が来ない良き場」であれば、それは生物から見て「良き地形」です。

原田麻魚:私は学生の頃、北海道で象設計集団という設計事務所で働いたことがあるのですが、すぐ近くに高野ランドスケープという会社があり、彼らとよく協働していました。私もいつの間にか高野さんのランドスケープの仕事に加わり、公園やこどもの国の現場に通ったり、建築の設計図をランドスケープの立場で確認するようなことをしていました。そうしてランドスケープを志す人たちと一緒に生活をしてものづくりをしていると、建築の世界だけに閉じこもっているのはもったいないという感覚が芽生えたのですね。私が興味あるものは、建築の内側だけでなく、建築が固有の場所にどのように存在するか。それは「地球のゾーニング」とでもいうべき俯瞰的な視点でした。その感覚は、これまでずっと抱いています。

■風景から生まれた建築「道の駅ましこ」

── お二人の考え方がプロジェクトでどのように実践されているのか、「道の駅ましこ」から教えてください。

原田麻魚:「道の駅ましこ」で建築用途として与えられた敷地は、長方形の区切られた敷地でした。ですが、全体の計画は駐車場や道路施設の敷地などが一体となって進んでいきます。またデザインの対象としては、駐車場や背後の親水公園、その先の田んぼや山々まで、実際には広がりがあります。それらを横断し、すべてが自分たちのデザインの範疇だと思って設計しました。どのプロジェクトでも広々と捉える視点は、マウントフジの作品に共通した特徴として現れていると思います。それは出来上がる建築を見たり使う人にとっても大切な視点ですし、建てたものの影響力も広がっていくでしょう。

原田真宏:建築は具体物としては敷地の中にしかつくることができませんが、建築の周りも含めた風景の関係性をつくっているんですよね。「道の駅ましこ」で僕たちは建築設計として選ばれたのですが、町に掛け合い、土木のデザイン監修者の立場を設けてもらいました。

当初の計画では、建物の目の前に広大な駐車場が広がる予定でした。でも、風景との接続を考えた時に、建物の前に車がずらっと並ぶのは避けたかった。そこで土木側と交渉して、駐車場を90度回転させて街から見て建物の後ろ側に持っていく配置としました。そうすることで、街側から見た時に「田んぼ、芝生広場、建築、そして里山」という美しい風景の連続性をつくることができました。制度としての土木と建築の間に割り込んで、風景を調整したのです。

街側から見た外観。建築の裏に駐車場が隠されている。
©ましこカンパニー

── 建築の形態自体も、周囲の山並みに呼応していますね。 

原田真宏:空間を覆う屋根架構と、土地に連なる壁体として建築を整理して捉えました。屋根の勾配は地域の山々の稜線に揃え、それぞれ異なる位相で起伏する並列する3本の奥行きを持った屋根列としました。最大スパンが32mにもなる屋根を、地場産材の八溝杉(やみぞすぎ)の集成材で架構する。内部に入ると、山襞(やまひだ)を散策しているような感覚になるように、ハイサイドライトから落ちる光や、空間の分節を設計しました。 

内観、妻側を見る。空間は一体でありながら山襞状に見え隠れする。
©MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO

栃木県益子町は陶芸に代表される民藝運動で知られていて、敷地周囲には延々と田園や畑が広がり、常にその背後には穏やかな低山が取り巻くように連なっている。そこで考えたことは、ここで目に映る風景、それだけで建築をつくれないかということです。形式も材料も、すべて風景から見出すことで、その地域らしさを確かめるような建築を求めたのです。 

建物の下部の土間と台座部分は、土地に連続する存在として設計しています。地元の土を使って左官仕上げとし、豊かな量感によって、益子町が陶器や農産物といった土からの恵みで成り立っていることを示しています。 

土から採れた産物と同じ土で左官された壁体
©MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO

■「建てる」祝祭性と「築く」永続性

── 建築の上部と下部とで、分けて考えられたのですね。

原田真宏:「建築」という言葉を分解すると、「建てる」と「築く」になりますよね。「建てる」の方は木や鉄骨のフレームを立てる話なんです。「築く」の方は地業で、土を盛るとか畝を築くといった、土の作業です。「道の駅ましこ」では、土の壁を「築き」、その上に木の屋根を「建てる」ことをしています。「ランドスケープ=土地」的に考えるときには、RC造などで「築く」方は、土地の仲間のようで永続的な安心感を与えます。対して「建てる」方は永続的ではなく、いずれ朽ちゆく無常な世界です。でも、だからこそ立ち上がる瞬間に「現在性」という感動が宿るんです。

『刑事ジョン・ブック 目撃者』という映画では、主人公が潜入捜査をした先の仲間として認めてもらわないと情報を引き出せない。そのために、木造の小屋を自分たちのコミュニティで建てるイベントに参加するというくだりがありました。それを観たときに「建てるというのは祝祭だな」と思ったのですね。永続的な地形のような風景と、いつかは倒れ死んでしまう人間が重力に抗って立てるプロセスから生まれる風景もあるなと思って。僕たちは、両方の成分を組み合わせながら設計しようとしています。

原田麻魚:永続的なものでは祝祭性が出ませんからね。両方ができるのは、建築だと思います。

原田真宏:また「道の駅ましこ」では地元の八溝杉を使いましたが、山に生えている木々を林業の方が切り出して、製材所で加工して、大工さんが刻んでいく。これは、森を含めた生業(なりわい)の風景です。有機的な連環としての人間、そしてランドスケープ=風景と深く関わっている。そこを射程に含めることで建築は豊かになる、という気づきがありました。

■「アンチ・メンテナンスフリー」としての自然素材

── 「道の駅ましこ」の土についても、もう少し詳しく教えてください。

原田真宏:土による左官は、周辺に点在した「ベーハ小屋」と呼ばれるタバコ葉の乾燥小屋に着想を得ています。農家さんが自分たちで、そのあたりにある土で左官をした壁は、ベージュ色で柔らかい表情が生まれています。設計にあたって町長からは「土地から生えてきたものにしてほしい」と言われました。それであれば地元の土を使おうと思ったのですが、陶芸用の土は産出システムがあっても、左官用の土を扱える人がいませんでした。

それで、久住有生さんという左官職人を連れて、益子の陶芸用の採土をしている山でいろんな土を見てもらいました。でも陶芸用の土そのままだと、柔らかすぎて建築の左官には向かない。そこで、ワラを混ぜたり配合を調整したりして、益子の土を左官材料にするレシピを開発したのです。

益子の土で左官された壁と三和土の床。左官は、鏝小口でほぐしてからヒラ面で表面を叩いた
©FUJITSUKA Mitsumasa 

そのレシピはコモン・ナレッジとして、町に預けました。将来のメンテナンスや、この土を使った壁が広まっていくことを期待してのことです。さらに久住左官のグループに益子町の左官職人を2人混ぜてもらい、技術を学べ伝えるようにしました。この仕組みがうまくいき、今では益子の土を使った壁が増えてきています。1つの建築が竣工した時に完成品で終わらず、建築行為として動き続け、循環する状態が生まれているのです。 

土や木は、メンテナンスフリーではないことの良さがある。建てる時だけ大工さんや左官職人が呼ばれるのではなく、その後もメンテナンスの仕事が生じ、自然環境の保全も含めた生業が循環し続けるからです。 

僕はあえて「アンチ・メンテナンスフリー」を訴えているですが(笑)、メンテナンスで手をかけることで職人の仕事が残り続け、生業が維持できる。更に利用する人々の愛着も増していきますよね。「道の駅ましこ」では、お客さんが大勢来てくれるようになり、僕たちは今でも増築などの相談ごとに乗っています。建築を完成品という名詞ではなく、維持管理も含めた「動き続けるプロセス」として、つまり動詞で捉えるほうが、ずっと健全でサステナブルだと思うんです。 

■渋谷の屋上に「セカンダリー・ランドスケープ」を見出す 

── 「地形」の感覚は、都市部の過密地でも成立するのでしょうか。 

原田真宏:むしろ都市にこそ、必要かもしれません。「Secondary Landscape / 屋上のランドスケープ」は、キャットストリートそばに位置する美容専門学校舎の屋上のペントハウスを、図書室に改修するという相談から始まりました。屋上に立って周りを見渡すと、ビルの屋上が連なって、もう一つの「地形」が見えたのですね。 

都市の人たちは休みになると大枚をはたいて北海道の地平線やハワイの火山を見に行ったりしますが、実は東京でも地上50mの高さに登れば、そこには地平線があり、夕方になれば自分の長い影を見ることができる。ビルに埋まった谷底では見えない「第二の地形(セカンダリー・ランドスケープ)」がそこにはあったんです。 

美容師を目指す若者たちは本来クリエイティブであるべきなのに、カリキュラムに追われて受動的な時間を過ごしがちです。だからこそ、建築空間が「ここでこうしなさい」と命令するのではなく、ランドスケープのように振る舞うことで、学生たちが「今日は日当たりがいいここで、お昼ごはんを食べよう」と、自主的に場を使いこなす。そのようなクリエイティビティの地表として屋上を再生しようと考えました。 

── 具体的には、どのように設計されたのでしょうか。 

原田真宏:ここでは、屋上全体を2×6のウェスタンレッドシダーでできたタフな木製の面でカバーすることにしました。40年余りを経た既存の屋上には、倉庫やクーリングタワー、給水塔、絡まりあう設備配管類など、本来隠すべきものが無秩序に置かれていて、老化した防水層も多くの人が歩くには頼りない状態でした。 

木製デッキで既存ビル屋上の凸凹に沿ってラフに覆うことで、地形のような床面を作り出した
©MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO

平面では既存の設備類や老化した防水層をデッキ材で覆いながら、様々な屋上の突出物に沿って折り曲げ、切り込みを入れ、ラフに屋上全体の形状にフィットさせています。結果的にデッキ材の面は「の」の字型に回転しながら、1階高分を登っていく1枚の連続する地表面となりました。そうして屋上はポリゴン分割された、1枚の変化のある地続きのランドスケープに置き換えられたのです。 

ビルで埋め尽くされた渋谷の地形。そのビル群の屋上は、もう一枚の地表のようだ。
©MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO

原田真宏(はらだ・まひろ)
株式会社マウントフジアーキテクツスタジオ一級建築士事務所
主宰

1973年静岡県生まれ。97年芝浦工業大学大学院建設工学専攻修了。隈研吾建築都市設計事務所、文化庁芸術家海外派遣研修員制度を受け、ホセ・アントニオ & エリアス・トーレス アーキテクツ(バルセロナ)、磯崎新アトリエを経て、2004年 原田麻魚と共に「MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO」設立。2016年より芝浦工業大学 建築学部建築学科 教授。

原田麻魚(はらだ・まお)
株式会社マウントフジアーキテクツスタジオ一級建築士事務所
代表取締役

1976年神奈川県生まれ。98〜99年 象設計集団、1999年芝浦工業大学建築学科卒業。建築都市ワークショップ所属を経て、2004年 原田真宏と共に「MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO」設立。東京理科大学、東京大学、名古屋工業大学、早稲田大学で非常勤講師の経験を積む。

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