言語化された要望を形にするだけ?

『私の経験談』3回目です。

 

 

【 言語化された要望を形にするだけ? 】

 

もう随分と昔のことですが、あるエクステリア販売工事店さんを訪問させていただいた際に言われた言葉があります。

 

「お客様が欲しいというもの、こうしたいということ、それを形にすればいい。ちょっと変だなと感じても、お客様がお金を出して作るものなのだから好きなようにしてもらえばいいのだ」

 

地方都市で、たくさんの仕事をこなしていて成功しているエクステリアショップ社長からのお話だったのですが、会社の中で設計を担当していた私には、受け入れ難い言葉でした。お客様のいう通りに形にするだけなら設計士は必要ないじゃないか、言われた通りに職人さんが施工すればいいだけじゃないか、と。

 

「家は3回建てないと満足したものにならない」と、昔からよく言われます。でも、大多数の人は一生の中で3回も家を建てることはできません。人生で一度きりの家づくりなのです。

 

設計士は、日々の仕事で何件もの家づくりに携わります。様々な年齢、考え方、価値観、好み・・・多様な住まい手の立場で家を設計するのですから、どんどん経験値が上がっていきます。初めて家を考える人よりも、良い解決策を見つけることができて当然なのです。たくさんの住まい手と関わらせていただいたおかげで積み重ねることができている知恵を存分に使うからこそ、起こりうる問題の解消や流行に惑わされないベターな提案ができるのだと思います。

 

住まい手の要望に疑問を持ったなら、その理由と代替え案を提示して想像できていなかったことにも気づいてもらい、より良いデザインを作り上げていく。そのスタンスで携われば、住まい手と一緒に作っているという関係性も生まれてきます。

車や自転車は何台停めたいか、門扉は必要か、庭にデッキをつけたいか・・・何が欲しいかを聞いて「要望を形にすること」を、わたし自身が最も重要視してデザインを提案していた頃は、住まい手と向かい合っている感覚でした。

 

今は、「何が欲しいか」ではなく「どんな暮らしがしたいか」にフォーカスするようにしています。すると「良い空間をつくるために一緒に考えている」という住まい手と一緒に前を向いているような感覚に変わってきました。

 

そう感じるようになってからは、仕事を進めていく上で自分自身の心持ちも肩の力が抜けて随分と軽くなった気がしています。以前より順調に進むことも多く、心から楽しくお仕事をさせてもらっています。

 

「何が欲しいか」ではなく「どんな暮らしがしたいか」を大切にしたい。もっともっと、それを住まい手から引き出せるようになりたいと思っています。

 

庭で何をしたいのか、どんな風に過ごしたいのか、植物のメンテナンスに時間をどれくらい取れるのか、どんな毎日を送っているのか・・・それらを引き出すことで、庭に必要なものが見えてきたり植栽のボリュームが調整できたりします。そうして、そこに住まう人の暮らしに馴染むデザインが作られていきます。

 

住まい手は住まいづくりに携わる私たちより、とても少ない情報を元に庭をイメージしているはずです。例えばヒアリングの際に「庭でBBQをしたいから広いウッドデッキが欲しい」と要望を言われても、それありきで庭デザインの検討を始めることはありません。「外の心地よい空間でBBQをしたい」という認識に置き換えて計画を始めます。そうすると広いウッドデッキではなく室内と外をつなぐ役割の最小限のウッドデッキとその前に広がる広い石張りテラスとう組み合わせが適切だという提案になることもあります。

 

その提案は「庭でBBQをしたい =  広いウッドデッキが必要」という住まい手の認識から外れ、想像していなかったデザインが目の前に提示されることになります。その意外性に驚き、そんな方法があるんだ、こんな風に暮らせるんだという発見が喜びになります。

 

こんな事例がありました。

「ウッドデッキが劣化して見苦しくなった」ことがきっかけで庭のリフォームを考え始めたMさま。高台の庭の右前方には、緑豊かな景色を望むことができる素敵な場所。ご夫婦ともに平日はお仕事で忙しくされているようでした。

 

 

<既存イメージ>

 

 

せっかくリフォームするのだから、デッキを綺麗にするだけでなく休日に疲れを癒すことができる空間になればいいなと考えました。そこで、デッキのレイアウト変更を提案。

 

 

<新デッキレイアウト案>

 

庭の奥に向かって長くデッキを配置し、景色を眺めながらゆっくりくつろげる庭の提案です。こうするとデッキに今までに無かった価値をもたらすことができます。

 

 

<ガーデンイメージスケッチ>

 

庭の奥行き感も感じられる空間提案を、とても喜んでいただきました。

 

住まいづくりの専門家の視点から出てくる提案は、ちょっとしたことでも一般の人にとっては思いもつかないことだったりします。こんなに素敵になるならと、予定よりコストをかけようと考えられる住まい手も少なくありません。どんどん積極的に提案していきたいものです。

著者プロフィール

冨田ちなみ
冨田ちなみGokansha(ゴカンシャ)
個人住宅の庭・外構や店舗のエントランスガーデンなど、あなたのライフスタイルに調和する外空間のデザインするGokansha(ゴカンシャ)代表。
二級建築士、インテリアコーディネーター、二級造園施工管理技士、福祉住環境コーディネーター、園芸療法リーダー二級、ハーブコーディネーターなど様々な資格を持ち、建築士でもあるため住宅目線・エクステリア目線・ガーデン目線、それぞれの記事を発信いたします。