【後編】水墨による新しい抽象表現を探求し続けた作家・篠田桃紅さんの作品を展示した美術館。 既存の美術館との動線と周辺環境を整備して「二つの時代を繋ぐ」ランドスケープを設計する。
設計事例:岐阜県関市「GICOMA 岐阜現代美術館 桃紅館」

■時代と設計者を超えて、ふたつの美術館を繋ぐ

── 次は「GICOMA 岐阜現代美術館 桃紅館」のランドスケープ計画について、背景からお聞かせください。

前号でご紹介させていただいた鍋屋バイテックさまの関工園には、もともと美術館がありました。岡本太一元会長が、水墨による抽象表現で知られる作家・篠田桃紅さんのコレクターでもあり、作品を展示されていたのです。

篠田さんが2021年に亡くなられた後、岐阜現代美術財団がアトリエを引き取り、それを復元して展示する新しい美術館を敷地内につくることになりました。既存の美術館を「大地館」、新設を「桃紅館」と名付け、その二つを繋ぐ動線と、正面アプローチ、既存駐車場の再整備がランドスケープに求められました。
既存の大地館は、竣工から20年近い年月が経っています。時代も設計者も異なる二つの施設を繋ぐということは、素材においても時間においても「二つの時代を繋ぐ」ことだと考えました。そして、来館した鑑賞者を作品世界から日常へとゆっくりと戻すことを考えてアプローチを設計しました。

ジオメトリーの異なる桃紅館(写真左奥)と大地館(写真右下外)をつなぐ 撮影:Tololo studio

── 具体的には、どのような構成をされましたか。

桃紅館の建築は、濃墨のような艶のある天然石の外装と、銀箔のようなステンレスパネルを外壁にしています。建物そのものを墨のメタファーと捉え、その足元となる舗装では柔らかい素材感を追求しました。
そこで、廃材となったカーブミラーを骨材として混ぜ込んだインターロッキングブロックを制作してもらっています。箔の入った和紙のように、光が当たるとキラリと光る舗装です。桃紅館へのアプローチにはアスファルト舗装研磨仕上げを用いていて、骨材の色の違いにより場所ごとに異なる様相を見せます。骨材には色も豊かな近隣の各務原で採れるチャート石を使い、地域産材にこだわりました。

周辺の自然・建築ファサード・舗装材・植栽した木々と重なり合う
撮影:Tololo studio
廃棄されたカーブミラーを使った和紙の箔をイメージしたインターロッキングブロック
撮影:Tololo studio

また、大地館と桃紅館を繋ぐ動線上に、2種類の金属を重ね合わせたアートウォールを設けました。1枚は耐候性鋼板(コールテン鋼)、もう1枚はバイブレーション仕上げのステンレス板です。
表面を丸い模様で細かく傷をつけるバイブレーション加工で光を拡散することで、篠田さんの書画の「かすれ」のような表情を出すことを狙いました。その上から、グラデーション状に吹き付け塗装を施しています。工場に出向いて職人さんと「このぐらいの具合がよいのでは」と確認しながら仕上げてもらったものです。2枚のアートウォールにはライン照明を仕込んでおり、夕方薄暗くなった帰り道を柔らかく照らします。

2枚の異なる仕上げの鉄板が重なりあいながら柔らかな曲線を描く
撮影:Tololo studio
夜間は照明が柔らかくあたることで日中とは異なる表情をみせる
撮影:Tololo studio

── 植栽計画についてはいかがでしょうか。

正面入口から建物まで約80mの坂道はカツラの並木道として、新たなシンボル軸を形成しています。坂を上りきった先には高さ7mほどのシンボルツリーを配して、来訪者を迎えます。
大地館と続く園路には、周辺植生にある雑木を中心とした植栽で構成しました。建物の東面はすぐ山の斜面があるため、メッシュカゴによる土留めも行い、斜面からの土壌流出を抑えています。これは、先のコミュニティ広場での取り組みの延長でもあります。

南北軸と東西軸の交差点にカツラ(株立)を植栽、象徴的なシーンをつくり出した
撮影:Tololo studio

関工園の整備が始まってから、50年近い歳月が経っています。設計者も時代も違う建物が積み重なってきた場所に、つながりをつくることができるのがランドスケープです。新しいものを加えるだけでなく、場の歴史を読み解きながら「繋ぐ」ことを問われる仕事だと感じています。生態系豊かな森が一朝一夕にはできないのと同じように、この場所もゆっくりと時間をかけて育っていくものだと考えています。

■生態系に配慮した植栽計画と森に立ち上がる手すり

── 千葉県柏市の「ぶるーむの風」について、まず施設の性格から教えてください。

障がいをお持ちの方々の地域生活支援拠点で、グループホームとデイケア、それに診療所や私設図書館も併設された複合施設です。
理事長先生が「地域福祉」の考え方をお持ちで、福祉施設でありながら地域に開かれた施設にしたいという想いがありました。そうした背景もあり、敷地をフェンスや門扉で区切ることなく、障がいの有無に関わらず誰でも利用できる場所として設計されています。

地域に開かれ森を活かした構え

敷地にはもともと、イヌシデを中心とした雑木林がありました。施主と建築家の強い想いで、できる限り森を残す計画にし、建築も既存の木々を避けるように配置しています。ただ、林床植生はほとんど発達しておらず、高木だけが20m以上に育った状態でした。このままでは世代交代ができない過密な森になってしまうと考え、林床を豊かにすることを計画の柱にしました。
そこで、建設予定地に残っていた林床植生を工事前に表層で剥ぎ取り、隣接地で養生してから工事後に林縁や林床へ戻すことをしました。養生期間中は、元の森の照度に合わせて寒冷紗で照度管理をします。丁寧に移植したことで、竣工後すぐに充実した林床が復元できました。土に埋もれていた種子も含まれていたため、それまでの森では見られなかった種が芽生えてきたりしています。隣接道路の歩道拡張で林縁を伐採せざるをえなかった部分は、その代替となる植生として、毎年少しずつ隣接の森から苗木を移植して補っています。

一度は失われた林緑植生も毎年捕植することで回復してきた

── 車椅子利用者など障がい者への配慮はどのように設計に反映されていますか。

園路は砂基礎のブロック舗装とし、現地でコンクリートなどを打設することによる根系への影響を極力抑えています。ブロックは一つずつ現場で仮置きして吟味し、根系に影響が大きい箇所は舗装をやめるという対応もしました。交流施設前には車椅子でも利用できるテーブルを設置し、座ったときの目線の高さで森の環境を楽しめるようにしています。

高低差を活かしたテーブルにより林床の小さな植生を見ることができる

また、森の中を巡るように設置した白い手すりが、印象的な要素になっています。ランドスケープの仕事はどうしても「地べた」の仕事になりがちで、平面図で見ると複雑そうでも、実際にはペタッとして見えにくいことがあります。一方で家具や照明、手すりのように立ち上がってくるものは、建築と同じように立体的な空間をつくります。この森の中では、手すりが空間のエッジになると考えました。
園路に沿った部分ではなく、手すりだけが木々の間を抜けています。手すりのレールは、内側や手前側に少し折れ込むような形状になっているところがあり、離れて見ると新体操のリボンが表裏を翻しながら森の中を動いているようにみえてきます。自然という大きな相手に対して些細ですが、この手すりが人との接点をつくってくれるのではないかと考えています。

森の中で浮遊する手すり

── ここでは、植栽と合わせてサインの計画もされたのですね。

表示はできるだけ既存林の環境を邪魔しないよう、地面や草花の間にそっとおくように心がけました。季節ごとの見頃の花や実の前に、透明なアクリルで製作した「!」マークのサインを設置して、気づきを促しています。今はアプリでも植物名がすぐにわかる時代なので、「気づく」ことを大事にしたサインです。
飛び石も、鏡面仕上げの金属板を使って、森を映し出しています。この飛び石の基礎は塩ビ製の有孔管でできていて、人の利用が増えて土が締め固まっても土中酸素濃度が下がりにくくする工夫も兼ねています。

■大きな空間に合う製品とものづくりで輝く製品への期待

── 外構やエクステリアの資材について、設計者として感じることをお聞かせください。

今回ご紹介したプロジェクトでは、ほぼすべての家具や照明がオリジナル制作か特注対応です。1,000㎡を超えるような大きな空間に合うスケールの家具や照明は、なかなか既製品では選択肢がないというのが正直なところです。住宅の庭や小規模なガーデン向けの商材は充実していますが、公共広場レベルになると途端に選べるものが少なくなると思います。

機能性については、充分すぎるほど充実していると感じます。門扉一つとっても、細かな要望に対応したさまざまな仕様が揃っていて、日本のメーカーの丁寧さがよく伝わってきます。

ただ、意匠のバリエーションはまだまだ少ない印象です。特に素材感が前面に出たものや、繊細で構成がシンプルなデザインのものは足りないと感じます。舗装材は型枠で制作することもあってバリエーションを出しやすいのですが、構造物系になると制約が出てきて、どうしても無骨になりがちです。

価格については、できるだけバリエーション豊かであることが望ましいですね。特注で制作すると、公共事業では「なぜ既製品を使わないのか」ということへの説明が求められます。既製品でも低価格帯に意匠性の優れたラインナップが充実すると、設計者としてとても助かります。

── 理想的な製品の在り方について、何かアドバイスはありますか。

レゴのように多種多様に組み合わせられスケールにも合わせやすいモジュール式の製品があると嬉しいですね。例えば、全長2mのベンチを数珠つなぎにして6mにもできる、そのつなぎ目も綺麗に見えるというような製品があれば、設置場所のスケールへの対応が格段にしやすくなります。あとは、職人技を現代技術で翻訳したような製品をつくれないだろうかとも思っています。多少高価でも、ものづくりとして光り輝くと感じられるものであれば、設計者としては積極的に採用したいですし、一緒に取り組んでいきたいです。

■関係性を繋ぐことと批評文化を育てること

── 今回ご紹介いただいたプロジェクトに共通する考え方はありますか?

ランドスケープの「-scape」という言葉は「-ship」に由来するといわれています。リレーションシップ、スキンシップなど「関係性」を指す言葉です。
ランドスケープデザインとは、場の関係性をつくる仕事だというのが私の原点にある考え方です。周辺環境から建築へ、建築から外部環境へ、その相互的な関係性を丁寧につくっていくこと。素材のつながり、スケールの横断、時には双方を繋ぐ中間領域をつくること、そういったことを大切にしています。

もう一つは、繊細さへの志向です。土木も含め、外部空間はどうしても無骨になりやすい。でも文具や食器のような、手に馴染むスケール感を外部空間でも追求したいと思っています。構造体としてしっかりしていることは外部空間として当然必要ですが、繊細に見せるための工夫は、どのプロジェクトでもミリ単位で考えています。

── 今後個人として、また事務所として取り組んでいきたいことをお聞かせください。

一つは、伝統技術・職人技術の翻訳と継承です。造園の職人技を、現代の技術や材料でどう翻訳できるかは、今も試みています。工業製品に職人の考え方を翻訳していく可能性を、もっと模索していきたいですね。

それから、業界としての人材育成とネットワーク構築の問題があります。ランドスケープは建築に比べて小さな業界で、批評文化も十分には育っていません。アメリカンランドスケープが日本に入ってきてから半世紀近く経つのに、きちんと評価して次に繋げていく批評の蓄積が、建築ほどにはまだありません。メディアが果たす役割は大きいですし、私の大学の研究室でも、そこに取り組んでいきたいと考えています。

社会的なリテラシーの向上も課題です。街路樹などのみどりに関する問題が報道されることもありますが、一般のランドスケープへの理解はまだ表層的なものです。「開発か保護か」という二項対立ではなく、相応の考え方の理解の上に物事をつくっていける社会にできるよう、日々発信を続けていくことが必要だと思っています。

そして海外への発信と交流も重要です。最近もパリに行って講演をしてきましたが、海外から日本への視点はいまだに伝統的な日本庭園のイメージが占めていて、現代日本のランドスケープが持つものづくりとしての価値が正しく評価されていないと感じることも多くあります。ランドスケープ空間やそれに関係するものづくりの見方とその価値を世界に伝えていくことが、今の私にとって大きな課題の一つです。

── ランドスケープを通して、最終的に目指していることはどこにあるのでしょうか。

もともと私がランドスケープに向かったのは、環境問題に関心を持ったことが原点にあります。一人の設計者がいくらプロジェクトを重ねても、地球全体を変えることはできない。でも、自分がつくった空間が触媒になって、そこに人が集まり、共鳴して、環境への理解が広がっていく。そうした連鎖が生まれることを期待しています。
設計した空間が「生きた風景」として次の世代へ繋がっていくことが、私の活動における一番の目標です。

撮影:田中源

エスエフジー・ランドスケープアーキテクツ
大野暁彦氏

▼プロフィール
大野暁彦(おおの・あきひこ)
株式会社エスエフジー・ランドスケープアーキテクツ代表取締役。株式会社muuiクリエイティブパートナー。名古屋市立大学大学院芸術工学研究科准教授。博士(農学)、登録ランドスケープアーキテクト。
2007年千葉大学園芸学部を卒業後、同大学院園芸学研究科にて三谷徹先生に師事し、’14年に博士後期課程を修了。在学中の’09〜’10年には文化庁新進芸術家海外派遣制度を活用し、オランダ・ユトレヒトのランドスケープ事務所OKRAに勤務。帰国後は中央大学理工学部助教などを経て、’15年 SfG landscape architectsを設立、’17年 株式会社エスエフジー・ランドスケープアーキテクツを設立、代表取締役。現在は名古屋市立大学大学院芸術工学研究科准教授を兼任するほか、中央大学兼任講師、愛知工業大学非常勤講師、各務原市景観アドバイザーなども務める。

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