【後編】私は「作品」はつくらない。 その時点でのベストな考案で応え、次世代の資産になることが、 都市デザインにおけるデザイナーの役割と考える。 【和と洋の両方にフォーカスを当てた、東京駅前広場及び行幸通りのプロジェクト事例】
Q.東京駅前広場の行幸通りのプロジェクトについて教えてください。
整備前は、東京駅前広場の真ん中にロータリー(交通広場)がありました。駅前広場の中央から皇居に延びるのが行幸通りで、その両側車道の間には中央帯があって地下に駐車場があったので、駐車場のランプが中央帯に沿って付いていた。中央帯の中は、一般車も歩行者も通行禁止だったのです。皇居と東京駅がダイレクトに繋がっているのに誰も通れない空間になっているというのはちょっと勿体なくないですかっていうような議論から、今のような姿になりました。
再整備の議論が始まってから、現在のこの姿に至るまで12年かかっています。街づくりは長い期間がかかります。だから失敗できないのです。
Q.この敷石も小野寺さまが考えたのですか?広さや距離をあまり感じないですが。
道路の敷石は、行幸通りから東京駅前広場に向けて幅が段々広がっていって、最後に広場でドドンと広がる。手前(駅側)の石が一番大きいのです。
信任状捧呈式といって、他国の大使が赴任したときに、皇居で信任状を天皇陛下に捧呈する儀式があります。通常は東京駅の中央口(駅舎の正面口)は開けていないのですが、その時だけは開いて、そこから皇居までリムジンか儀装馬車で送り迎えしてくれます。新しく大使として赴任した人たちを送迎に来てくれるのです。リムジンか儀装馬車を選べますが、9割が儀装馬車を選ぶと聞きます。そのときだけは、駅前広場内も歩行者を通行止めにして、行幸通りを横断する車両も止めます。
今は、真ん中にあったロータリーを両側に振り分けて交通広場を東京都が、中央の「都市の広場」と呼ばれている部分はJR東日本が、それぞれ整備しました。行幸通りから続く石畳が太い帯になって延伸して、駅舎の手前で終わる形になっています。
実は東京駅の前に並んでいるケヤキ並木も、駅に向かって段々と高さが小さくなるようにしています。樹木は大体同じように伸びているので、初期構成が変わらないのです。東京駅に向かって樹木が小さくなっているので、逆遠近で東京駅が大きく感じられる仕掛けです。
行幸通りは、東京駅の方を向くとバロック型の都市デザインというか、照明柱と並木が整然と並んで、その中央に石畳がまっすぐ伸びたヨーロッパ的な景観です。これを反対側から見ると、奥に見えるのが皇居になるわけですが、なんとなく和様の行灯が並んで鎮守の森に向かう参道のように見えるようになっています。私にとっては、これがデザインの重要戦略でした。和と洋どちらとも取れるし、なお且つ、皇居と東京駅どちらもフォーカス(焦点)することができます。
つまり、東京駅だけがアイストップだと片手落ちになるわけで、必ず皇居の方にも都市軸の焦点が当たるようにしました。ただ、このことは普段あまり一般的には言ってないし、どこにも宣伝していません。気付かれなくてもいいのです。言われてわかる、やっとわかるぐらいでちょうどいい。それでも何か、人はどこかで感じるのです。ここは、日本的な空間でもあり、ヨーロッパ的な広場でもあるというような場になっています。
今、行幸通りでは、よく結婚式の撮影をしています。多いときは4,5組ぐらいやっています。ここは公共空間なので、どこかの建物の前で撮影するなら許可証が必要だけれど、許可証がいらない。しかも絵になるので、写真撮影が多いです。
Q.シンプルですよね、考え方、構え、デザインが。都市軸が明快だけれども。
行幸通りの中央部の並木は、元々植栽桝が立ち上がっていたので、少し土が高かった。樹木は土を下げると枯れますから、その高さをキープするために植栽桝は残しました。その擁壁の縁石には、元々あった施設の石がいいものだったからそれを全部並べて、植栽桝縁石として仕立て直し、ベンチの高さに整えました。一部に鉄製の縁石もアクセントで入っています。
だから並木沿い両側全部に人が座れるようになっています。
しかし、人が座れるといっても、ベンチとは言わない。なぜかというと、ここは道路交通法上は車道です。信任状捧呈式で馬車を通さなくてはならいので、交通規制的には車道指定をしないといけない。車道指定するとベンチは置けないのです。だから植栽桝擁壁に座れるところがあっても、絶対にベンチとは言わない。座れるようになっているだけですと、といっています。
Q.エクステリアではメーカーの既製品を使うことは少ないのでしょうか?
確かに私は既製品使うことは少ないかもしれません。
Q.注文でも既製品でもこういうものをやって欲しいとか、今回アイデアを出してそれを新しく商品化するときに積極的になって欲しいなどと考えになることはありますか。
どこでも使える製品が欲しいのは欲しいです。しかも手頃な価格で。どうしてもYKK APさんはデザインがすごく都会的でシャープなものが多いので、逆に地方で使いにくい時も。また、価格もちょっと高いです。
今回ご紹介したプロジェクトは、少しスペシャルなものばかり。公共事業では、ここは頑張るべき重要なプロジェクトとなればお金を掛けられますが、一般的にコストはシビアなのであまりお金を掛けられません。
そういうところに使ってもらえる製品というのは、例えば防護柵やベンチなどすごく安いです。でもそこに良いデザインというものがあまりない。
Q.都会と地方はデザインのし好が少し違うのでしょうか。例えば、シャープに対して、柔らかさのようなものがいいなど。
都会的なデザインが合う地方都市もたくさんあります。ただ、今回ご紹介したように、私のデザインは、デザインしたように見せたくないところがあるので、既製品でいかにもデザインしましたよというものを置いてしまうと、ちょっとそれが鼻についてしまいます。だから南雲勝志さんのベンチは大断面の木材に足がついてるだけとか、それがただ空中に浮いているとか、そんなデザインが多いんです。すると、素材感だけだからどの場所にも大体合うのです。
Q.工夫して欲しいものとして、ベンチ、防護柵、他にどういうものがありますか?
あと欲しいのはシェルター、「屋根もの」です。屋根ものはすごく高いのです。
でも汎用性があるいいものがあまりない。YKK APさんがシェルターを作ってくれると結構いいかもしれないですね。
公共空間だとバスシェルターとか、身障者の乗降場にも屋根がついてるし、アーケードに限らず公共施設の中で屋根をつけるときにデザイン性を保持しながらコストを何とか落とさないといけないので、わざとオリジナルでデザインして値段を落とすこともしています。
Q.素材は何でもよいのですか?
例えば光が透過するものは、それはそれでありがたいし、不透過でも別に構わない。
欲しいのはバスシェルター、バスの待合所、タクシーシェルターなど様々です。
あと、公園に「フォリー」といって東屋のようなものを置くにしても、東屋っていいデザインが全然ないのです。公園にちょっと洒落た形で置きたい時にない。どこでも丸太で組んだようなものばかりです。
Q.YKK APのカタログを見て、特に興味のあるものがありますでしょうか。
駅前広場をやっていて困っているのは、後からスピーカーを付けたいとか、監視カメラを付けたいと言われることです。後から言われるのです。そのときに大体照明柱が狙われて、照明柱にバンドで巻いてカメラを付けられたり、スピーカーを付けられたりするんです。最初からそれが組み込まれた、情報ポールのようなものが最近ぼちぼち出始めています。各社いろいろ作り始めているけれど、まだみんなかっこ悪いです。
足し合わせればいいというものでもない。全然デザインしている感じがなく、いかにも何か集めましたっていう感じがあったりするので、そこで何か面白い、後付けもできる、そんなポール・システムがあると重宝すると思います。
カメラは、警察や商店街など複数付く場合もあります。しかも後から付けたいという話が結構あります。需要があるのだけど、みんなどうしていいか分からないで困っている。後付けでも綺麗に収まるポールをそろそろデザインしないといけないと思っています。
Q.南雲さまはツールの開発をされるのでしょうか?
はい、開発します。オーダーものが多いと思いますが。元々は家具もデザインしていましたが、今は住宅家具などはあまりしなくなって、公共施設一本になってきました。
これは南雲さんのホームページです。
NAGUMO DESIGN (nagumo-design.com)
たくさん商品が紹介されています。シェルター物もちょっと普通とは違います。サインもあります。鋳込んでいるのですが、ちょっと愛嬌がありますね。
子どもたちと一緒に家具を作ったりもしています。姫路の杉を使って家具を開発する試みもありました。
彼のデザインは一見どこにでもありそうだけど、あまりないです。
木材に脚つけただけ。これは名前が「杉太(スギタ)」って言うのですけど、高いのをつくって「高杉太(タカスギタ)」って言っていました。
これ(杉平/スギヘイ)は片方に車輪がついていて、動かせます。置くと重くてもう動かないというものです。
Q.デザインしたように見せないということを、他の設計者は考えないのでしょうか?
この間、建築家の方と対談したら、自分がデザインしたもの、建築物を彼らは「作品」という言い方をします。そのことを否定しませんが、私には「作品」という感覚がありません。例えばヨーロッパの広場でいうと、ベニスのサンマルコ広場は、聖マルコの遺骸をベニスの商人が中東から買ってきて、サンマルコ寺院を造り広場を造った。ですが寺院が一度火事で燃えて、建て直した際に改めて広場を拡張し、その後も広場は改修が続きました。聖マルコの遺骸がやってきてから今の形になるまで、ちょうど1000年ぐらいかかっています。途中何人ものデザイナーがいろんなことをやっている。
それぞれの時代、それぞれの段階でベストな形を考案する。それが次世代の資産になる。これが都市デザインにおけるデザイナーの役割のように思っています。
私の仕事も、次の世代に向かう、その時点での最大風速みたいなもので、きちんとその下支えみたいなもの(社会資産)ができたら文化はもうワンステージ上に上がるし、持続していく。
そういった役割が都市デザイン、都市設計というものであり、また都市設計家という立場になる。だから、ミッションというか、何かの役目を果たしているような感じなので、「作品」という感じとはちょっと違います。
ある街の、つまりその街には当然歴史があるわけで、いろんな歴史の変曲点のあるポイントで、ある経緯で私は呼ばれて、そこでデザインしていいよって言われる。そこで考えられるその場所の最大の価値を引き出すっていうことをやっているだけなので、私がこんなデザインが好きだからこうしたい、とかっていうのは一切ないのです。
東京駅前広場や行幸通りも、あそこはあの形が最善だと思っているからあの形にしただけです。それこそ東京駅はいろんな人が関わっていますから、私1人じゃ当然できてないわけです。そういう意味も含めて、あまり「作品」的な概念がなくて、何かある瞬間に呼ばれて役割を果たしているというだけ、という意識でやっています。
小野寺 康(おのでら やすし)
有限会社小野寺康都市設計事務所 取締役代表
1962 年 北海道生まれ
1987 年 東京工業大学大学院 社会工学専攻修士課程修了
1987-93 年 アプル総合計画事務所
1993 年 小野寺康都市設計事務所設立
資格
一級建築士(第 253976 号)、技術士/建設部門: 都市および地方計画(第 32824 号)
専門分野
都市デザイン,景観設計,ランドスケープ・アーキテクチュア,地域計画
主な仕事(竣工年)
- 日向市駅前広場(交流広場「ひむかの杜」2009 年)
- 姫路駅北駅前広場および大手前通り(2013 年)
- 出雲大社参道 神門通り(2016 年)
- 女川駅前レンガみち周辺地区(2016 年)
- 丸の内駅前広場・行幸通り(駅前広場 2018 年,行幸通り 2017 年)
受賞歴
- 門司港レトロ地区環境整備(土木学会デザイン賞 2001 最優秀賞)
- 日向市駅前広場(建設業協会賞/BCS 賞 2009、都市景観大賞 2014/都市空間部門大賞、土木学会デザイン 賞 2014 最優秀賞)
- 姫路駅北駅前広場および大手前通り(グッドデザイン 2015 特別賞/地域づくりデザイン賞) 出雲大社参道 神門通り(土木学会デザイン賞 2017 最優秀賞)
- 女川駅前レンガみち周辺地区(都市景観大賞 2018/都市空間部門大賞、アジア都市景観賞 2018、土木学 会デザイン賞 2019 最優秀賞)
- 丸の内駅前広場・行幸通り(グッドデザイン 2018 金賞/大賞ノミネート)など
著書
- 『広場のデザイン―「にぎわい」の都市設計 5 原則』(2014 年 彰国社)
- 『広場』(淡交社、共著)
- 『グラウンドスケープ宣言』(共著、2004 年 丸善)
- 『GS 群団総力戦 新・日向市駅』(共著、2009 年 彰国社)など
著者プロフィール
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