伝統ある建物と革新的なインテリア&景観を融合したハイブリッド発想が、日本の新しいあり方である、人に優しい街づくり、コンパクトな都市開発を実現。 【日本橋兜町、茅場町エリアの開発事例】

東京の中心部である丸の内や八重洲エリア等では、現在、大規模再開発が進行中である。それらのプロジェクトは、主に既存の古い建物を撤去し超高層ビルを建てるといった方式だ。しかし、そうした方法と少し違う地域密着型の街づくりが、そこから5キロ圏内にある日本橋兜町、茅場町エリアで地元の不動産会社・平和不動産主導で行われている。

その街づくりの象徴の一つが、兜町において大正12年に竣工された『兜町第5平和ビル』というものだ。現在の東京証券取引所に向かいに建つ、レトロ感あふれる建物だ。

このエリアを開発している兜町に本社を置く平和不動産は、この建物を潰さずに、外観イメージをそのまま兜町の象徴として残しながら、『K5』と改名。その中にホテルを作り、レストラン、バー、コーヒーショップ等複数の機能を有するマイクロ・コンプレックスとしてリノベーションしている。「この建物の当時の姿をもう一度表し、魅力的に活用することこそが、ビルの不動産的価値の向上だけでなく、地域の価値の向上に繋げることになる」(同社)との思いから、古い建物を潰さず、そのかわりインテリアや景観に対しては最先端の技術やデザインを取り入れる取り組みをおこなっている。

現在、2021年8月に完成した再開発ビル『KABUTO ONE』を中心に、つい先日の12月15日にオープンした『BANK』、『景色』など、かつてこのエリアにあった銀行・証券会社の建物とデザインを継承し、地域の歴史・魅力を発信する拠点が作られている。
そして、それら商業施設は、同社が街づくりにおいて戦略的に誘致を進めていって結果、合計20店舗となり、主要都市で数多く見られる大規模再開発とは一線を画すコンパクトシティが形成されている。

日本橋兜町、茅場町エリアの開発事例

平和不動産が手掛ける兜町エリアの街づくり全景

 

日本橋兜町、茅場町エリアの開発事例

『BANK』 
建物の外側は、外壁ラインを1面セットバック(減築)して、パブリック空間を設けるとともに、「平和」の象徴である推定樹齢1000年を超えるオリーブを配置。誰もが気軽に憩えるテラス空間が現れた。これによって、この場所に滞留する空間が生まれ、賑わいがあふれだす景色となることが期待されている

 

日本橋兜町、茅場町エリアの開発事例

日本橋兜町、茅場町エリアの開発事例

『景色』 

食事、ポップアップスペースや、ギャラリー、グリーンショップ等の空間として活用が見込まれる。『K5』の植栽演出を手掛けた造園家Yard Worksとのコラボレーションしたグリーンショップもある。手すりも旧銀行時代のものを再利用

 

これからの日本の街づくりを考えた時に、その地域の文化を継承し、建物すらも伝統と歴史を継承して、その外観デザインを残していく取り組みは極めて貴重である。

ドイツやフランス、オーストリアなどの都市開発は、中世時代の城郭や古い木造建築の意匠をそのまま残し、構造部の強化とインテリアのリノベーションを行い、歴史を継承しているのが〝当たり前〟のように行われてきている。それによって、街の文化や歴史は大切に継承されていくのだ。

それに対し、日本ではずっとスクラップアンドビルドによる再開発が繰り返され、いまやどこの都市に行っても、同じ景色が広がっている。つい最近でも、とくに伝統的建築物として評価の高い駅舎の全面建て替えや、イチョウ並木の伐採などが行われている。

その賛否は置いておくとして、今回の兜町エリアの街づくり(再開発)の手法は、数少ないながらも、大正時代の雰囲気を保ったまま、居住空間の快適性や最新の技術を建物内部に取り込んでいくという、伝統と革新のハイブリッド型の開発である。しかも街はコンパクトで、人に優しい空間である。あらためて、これからの日本の街づくり、都市開発のあり方を考えさせてくれる事例と言えるのでないだろうか。

著者プロフィール

株式会社住宅環境社
株式会社住宅環境社佐倉慎二郎
佐倉慎二郎 ㈱住宅環境社 代表取締役社長
住宅建材業界、エクステリア分野の専門誌記者・編集者25年。2006年より「月刊エクステリア・ワーク」を発行する㈱住宅環境社入社。2014年に代表取締役社長に就任。現在は住宅と外構・エクステリアを融合する「住宅と庭との一体化設計」と、非住宅分野である商業施設(コントラクト市場)における庭空間の市場開拓を探る「サードプレイス『庭・快適空間』」を発刊。ホテル、レストラン、商業施設などに向けての情報提供や、まちづくり、異業種コラボレーションに向けての提案を行っている。