【前編】「SATOYAMA」「URBAN」「BAY」という3つのエリアを通路空間で繋ぐ外構ゾーニングにより、計画都市のアイデンティティである多様性をデザインした。 【多様な川崎を見つける場所「カワサキデルタ」の事例】
Q 熊谷さまは、いつごろ事務所をスタートしたのでしょうか。
事務所の設立は2009年で、今年で14年ぐらいになります。元々僕はランドスケープを学んでいたわけではなく、以前は現代美術作家 崔在銀(チェ・ジェウン)のアシスタントをしていました。その後、団塚栄喜さん率いるアースケイプに入り、2009年にSTGK Inc. (株式会社スタジオゲンクマガイ)を設立しました。
崔さんのもとでは、主に崔さんが手掛けるパブリックアートを担当していました。パブリックアートを制作していると、作品はもちろん、作品自体が置かれる周りが非常に気になってきました。
やがて、崔さんのもとをはなれるとき、自分がアーティストとしてやっていくのはちょっと違和感があって、もう少し社会に近いデザイナーみたいな立ち位置でやった方が面白そうだなと思い、ランドスケープデザインを選択しました。
僕は、街や都市といった、人の営みが生み出した環境やその中のパブリックスペースに興味がありました。ランドスケープデザインを通して、人々が暮らす風景に対して問いかけができるのではないかと思ったことが、この仕事を選んだ大きな理由です。
Q 多様な川崎を見つける場所「カワサキデルタ」(KAWASAKI DELTA)のコンセプトについて教えてください。
神奈川県・川崎駅西口開発計画「カワサキデルタ」は、川崎駅西口「ミューザ川崎」とJR線路の間の三角地帯にあり、「JR川崎タワー 商業棟」「JR川崎タワー オフィス棟」「ホテル メトロポリタン川崎」の3棟と、歩行者デッキ上の中央広場「デルタプラザ」から構成されています。
川崎のアイデンティティは、今の川崎市の川の字のロゴにも表れているように多様性です。多様な人々が集まり、それぞれの文化を育んでいくなかで、この多様性は生まれました。ひとつの要因として、多摩川があり、川崎の山の方、向ヶ丘遊園や生田緑地のように里山が残っているところから湾岸の工業地帯まで様々な顔があります。川崎らしさみたいなものを語るときも一言では語れない多様さと、人口規模があります。
川崎市のロゴはすごく面白くて、川の字の3本のラインで、これを使う人が何色に塗ってもいいのです。これで振り幅の広い川崎を感じてもらいたいという思いが込められています。
計画地は、この施設に用事がある人たちだけではなくて、その先の街に暮らす人々が駅に向かう道の通過点であるというのがひとつの立地のポイントです。ここを目的地としてくることもあるが、同時にここを通過している人も多い。そういう意味から線的なランドスケープ、ビルとビルの間を抜けていくような細長い敷地があり、そういう人の流れや線的なものをランドスケープに取り入れています。
毎日同じ通りを歩いて退屈になりがちな通勤・通学路、そのような生活空間に対して変化を与えていこうというふうに考えたときに、この敷地の道全体を多摩川に見立てたのです。この道の一番駅側を多摩川の下流に、住宅が並ぶ街側を上流に、それぞれ見立てて、ちょうど、多摩川沿いを旅するように歩ける道をデザインしました。
多摩川を上流から下流まで巡ると、上流の緑が多く、里山が残っているエリアから、川崎駅などの都市部、そして工業地帯の沿岸まで、実に多様で、川崎ってこんなにも魅力があるんだと感じてもらいたいですし、そんな川崎へようこそ、という意味を込めて「URBAN to NATURE ~多摩川を巡る旅~」というコンセプトにしました。
計画地を貫通する動線は、全体を多摩川と川崎の関係に見立て「SATOYAMA」「URBAN」「BAY」という形で、ゾーン分けに沿ってそれぞれの空間が創られています。
3棟ある建物の隙間を歩いていくような場所なので、移動の中で何かを感じ取ってもらいたいと考えました。例えば、駅に向かう道がちょっと楽しくなるとか、いろんな出会いがあるとか。ただ歩くだけでなく、その道すがら、いろいろなことをしている人を見かける・・・そんな川崎の多様性みたいなものを体験できるような場所になってほしいと計画しています。
例えば「BAY」のところでは、広場を用意して、そこにふ頭をイメージするようなベンチを置いています。
実際は目の前にレストランがあるので見合いにならないように配置しています。ここはパブリックスペースなのでいろんな制限がある中で、突き出したロングベンチを出して、例えばどこに座るのが居心地いいのか、ここにフィットしそうなグループは真ん中に座り、1人で長く仕事をしたい人は奥まで行くとか、なんとなく港の中でも、自分で、接岸する場所を選べるみたいなそういったイメージをしながら作っています。
黒御影石で作られた床は、少しだけ磨いてあり、その磨かれた部分に光が反射し、まるで、川の水面のように見えます。また、所々に多摩川沿いの名所についての解説が彫り込まれた「川崎・多摩川タグ」が埋め込まれていて、例えば、羽田の大鳥居とか、川崎の見どころなどの色々なところを道すがら見て歩いて行けるっていうような、ちょっとしたツアーを感じてもらえる工夫も施しています。
「URBAN」エリアでは、多様な視点の場所を用意しようということで、ステージとしても使えるベンチのほか、上階がオフィスなので、下りてきて打ち合わせをする、そのオフィスに何か用がある人たちが待ち合わせて、そこで軽く打ち合わせしてから上がる、打合せが終わった後ちょっと話せるなどというシーンを想定して、座れる場所とか居場所をたくさん用意しているのが「URBAN」ですね。
一方、「SATOYAMA」エリアでは、里山の植栽というか、川崎の自然植生みたいなものに配慮した植生で、本当に緑豊かなガーデンの中を歩くようなエリアです。
植栽計画に関しては、里山だけではなく、全体を「SOLSO(ソルソ)」さんが担当し、それぞれに合った緑のデザインをしています。
多摩川沿いを歩いても、その場所での人々の活動の多様さがあればあるほど、その空間って面白くっていい。例えば品川駅のコンコースは、毎日、めちゃくちゃ人がたくさんいますけど、全員歩いているだけ、賑わいみたいなものや豊かさみたいなものもあまり感じられません。
「カワサキデルタ」では、先ほどお話ししたように、移動していたり、立ち止まって何かしている人がいたり、オフィスからちょっと出てきて話しているとか、打ち合わせ会議をしているとか、子連れの親子が家に帰る途中、電車を眺めているとか、そういった多様性のあるシーンをどれだけ作れるかが重要で、それで豊かさも変わってくると面白いと思いました。
オフィスエントランス前にしても、この空間をシンプルな移動空間として作ってしまったら、もう本当に、ただの通路っていうことですよね。
通路になってしまうような場所をどうしたら豊かにできるかというのが、ファーストプレゼンテーションの頃から重要なテーマと考えていました。
最初にお話いただいたときに我々であれば、いわゆるその高級オフィスの凛とした佇まいというよりはその奥にいる川崎に住んでいる人たちの通勤・通学の中での多様なシーンを描き出すプレゼンシートを提出してやっぱりこういう場所を作った方がいいのではないでしょうかと言って、最終的に、認めていただきました。
本当に、都市の隙間みたいなところでのプロジェクトですが、そういうところに人がへばりついているっていうのが川崎らしいと思っていて、ベンチの形にもこだわっているのです。いろんな座り方ができる。1人で座る、1人で何か物思いしているときに適しているベンチからグループで集まるときに適しているものまでこだわって、制作監理までしました。
我々が、特にデザイン的なことですごく考えたのは、ベンチの形やそのデザイン、その配置のあり方、場所のマッチングみたいなものを丁寧に作るということです。そこに多様な活動をどうやったら呼び起こせるかということを意図していました。
全部同じベースだと多分みんな座って終わりだと思うのですけど、それが電車を見るのにちょうどいいとか、グループで話せて、ちょうどいいとか、そのひとつの場とその人々の生き方のデザインみたいなものをしっかりイメージし、そこに多摩川のストーリーを乗せていくことで、全体が繋がったように思えるのではないでしょうか。
「カワサキデルタ」のプロジェクトデータ
所在地 | 神奈川県川崎市 |
事業主 | 東日本旅客鉄道(株) |
建築用途 | オフィス、ホテル、フィットネス、商業他 |
敷地面積 | 約12,400㎡ |
建築面積 | 約11,000㎡ |
建築設計監理 | (株)J R東日本建築設計 |
植栽計画 | SOLSO Architectural Plant & Farm |
ランドスケープデザイン | STGK Inc. (スタジオ・ゲンクマガイ) |
本プロジェクトは、環境的に、植物の計画・管理が大変ですが、植栽計画を担当している「SOLSO」さんがランドスケープデザインと連動した植栽計画をしてくれました。
たとえば、あるベンチの前はイタリアンレストランですが、座っているとハーブのいい匂いでお腹が減ってくる。ちょうどレストラン入るのに待っているお客さまの待ち時間を演出しています。
今日はここで休みたいと思う自分のそのお気に入りの場所ってどんどんできてくると思うので、そうやって使ってもらえたらいいなと思う。やっぱり屋外空間、特に都市の屋外空間では、ただ座るだけではなく、どういうふうに座ってそこで何を見て何をしているっていうのは、本当にその街の雰囲気の風景を作るのにすごく重要な要素になると思うのです。
熊谷 玄 STGK Inc. 代表 | ランドスケープデザイナー
1973年横浜生まれ。現代美術作家Studio崔在銀のアシスタント、earthscape inc.を経て、2009年3月STGK Inc. (株式会社スタジオゲンクマガイ) 設立。ランドスケープデザインを中心に、人の暮らす風景のデザインを行なっている。
愛知県立芸術大学(2011年~)、東京電機大学(2017年~)、千葉大学(2018年~)、東大まちづくり大学院(2021年〜)にて非常勤講師を務める。一般社団法人ランドスケープアーキテクト連盟理事。
主な仕事は「左近山みんなのにわ」、「グランモール公園」、「have a Yokohama 横浜駅西口仮囲いプロジェクト」、「JR横浜タワー/うみそらデッキ」など。 https://stgk.jp
著者プロフィール
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