【前編】周辺環境とのつながりを大切にした技術研究所のランドスケープデザイン 【ICI総合センター事例】

Q.プレイスメディアの設立は1990年、4人のメンバーが立ち上げました。1990年というと、まだ多少バブルの影響がありましたか?

私の大学時代の恩師で、指導教官だった宮城俊作が、プレイスメディアの設立メンバーの一人です。

設立メンバーの4人は大学の同級生で、宮城は海外留学に行ってアメリカで実務を経験し、同じく吉村純一はアトリエ事務所で10年ほど設計に携わり、吉田新は施工に携わっていました。山根喜明は造園コンサルで主に団地の設計をやっていました。

彼らは大学卒業後に、それぞれ別のランドスケープ分野へ出て行き、また戻って共同の設計組織を立ち上げたのが最初です。

我々はその後、私(吉澤)は2002年に、事務所に入り、20年ぐらい経ちます。岸は2008年に入社し、15年目くらいになります。

所員はいずれ独立し事務所構えることを想定して入社するのですが、私(吉澤)と岸はプレイスメディアの組織継続を見据え、新たなパートナーとして参画しました。(吉澤さま)

 

Q.大学を卒業した後はランドスケープや造園を志向して、(プレイスメディアに)入られるのでしょうか

そうです。大学の専門もランドスケープデザインですし。高校生の時に「アメリカンランドスケープの思想」という都田徹さんが書かれた本を読んで、ランドスケープデザインは過去から未来まで長く、対象とするエリアも敷地から都市や流域と広域的に見据え、自然に携わって都市に生活に自然を持ち込むような学問があることを知りました。それでランドスケープデザインは日本のどこで学べるだろうかと調べて大学を選びました。(吉澤さま)

私は北海道出身で、実家は農家ですが、いつも家の中に入らず、外で駆け回って遊んでいる幼少期でした。その延長で、屋外での物づくりや場づくりがやれたら面白いかなと思うようになり、家業の知人から出身の東京農業大学や、造園設計という職能を紹介いただき、東京に出てきました。(岸さま)

 

Q.ランドスケープデザイナーの方々からお話を聞いていると、地形をよく見るというようなことをおっしゃる方がいるのですが、地形を見るだけじゃなくて地形の歴史、それからあるエリアがどういうふうに成り立っているか、どういうヒストリーがあったかということを、しっかり把握して作らないとランドスケープにならないと。ランドスケープは「顕現」という言葉が御社のホームページのコンセプトにありました。「顕現」というのはどういう意味でしょうか。

我々が携わる場が媒体となって、何を繋ぐのか、ということを大切しています。繋ぐ対象は過去と未来かもしれないし、敷地と地域かもしれないし、様々なスケールや対象があります。水に着目するときは河川の流域が、生態系に着目するときは各生物の誘致圏が対象になります。「顕現する」とは、繋いだ結果として立ち現れる状況や状態のことです。(吉澤さま)

 

Q.最近、岸さまが手がけられたプロジェクトをご紹介ください。

前田建設工業(株)の技術研究所が、練馬区光が丘から茨城県取手市へ移転されることになり、ICI総合センターが建設されましたが、そのランドスケープデザインを約6年前から関わっています。

ICI総合センターは、3つの機能から構成されています。1つ目は技術研究所のLAB機能です。オープンイノベーションを謳っており、外部の組織、大学、インキュベーターなど、新しいことに挑戦している人たちなどを招いて技術開発をするのが主要な目的の施設で、ICI LABとよばれています。そこから事業者の構想がどんどん膨らんでいき、2019年には隣地の廃校になった小学校を改修した宿泊施設のICI CAMP、そして今年2022年の3月には文化芸術創造拠点のICI STUDIOが完成しました。

LABとSTUDIOがある敷地で約6ha、隣地のCAMPは約2.5haくらいある敷地面積が大きなプロジェクトですが、計画の初期段階から弊社にお声がけいただき、ランドスケープをトータルに計画設計させていただく、貴重な機会をいただきました。

当初から共通するランドスケープのコンセプトは3つあり、1つ目は「自然を基盤とするイメージの形成」です。この辺は谷戸状の入り組んだ地形になっており、利根川と小貝川という川によって浸食されてできた複雑な谷戸地形が残っています。その一端が技術研究所として開発、再整備された状況です。そのような環境にあるため、周辺の自然を基盤として、施設全体が成り立っていることをランドスケープで体現することがコンセプトの骨子になっています。

2つ目は、豊かな自然基盤の中で、外来者や滞在する研究者の方が日常的に「豊かな自然を体験できる場」を提供しようと考えました。

最後の3つ目は、「自然と共にある持続可能性」です。従来の自然を抑制するような土木技術や建設のイメージではなく、自然に寄り添うような、これからの新たな企業イメージを形成する思いが込められています。

具体的な設計としては、周辺環境との繋がり大切にした設計をしています。まずは、谷戸の地形による敷地内外の高低差に対して、今回の施設をどういうふうに調停するか、つなげていくかということです。

(既存の高低差をつなぐことで保存された桜の大径木)

ICI LABの建築正面への入口やアプローチでは、既存の高低差を上手く処理し、既存の桜の大径木をできるだけ残すように計画しました。これも往々にして建築の方たちだけで計画してしまうと、木は邪魔ですね、できるだけ地面を平らにしましょう、という思想になるのですが、我々が計画の早い段階から参加できたことにより、建築の根切り土などの建設残土を敷地内で流用し、建物の設置レベルを調整し、ランドフォームとして高低差を緩やかに繋げることで、桜を保存することができました。残土の利用は、環境や建設コストへの配慮にもつながっています。出来上がった風景としても、丘の上に建物が鎮座しているような風格ある佇まいとなっています。我々の職能が果たした重要な役割だったと思います。

(人の活動や動線をつなげる木製の大階段)

ICI CAMPでは、元の校庭と校舎が建つ地盤に大きな高低差があったため、そこを繋ぐような木製の大階段を設置し、物理的に人の活動を繋げたり、人の動線を繋げるというようなことをしています。

この写真の奥の方に見えるのが、小学校を改修した宿泊施設になります。手前に見える建築は、木造と鉄骨のハイブリッドによる建築で、食堂やホールの機能が入っていますが、設計はマウントフジアーキテクツさんです。

次には、先ほど吉澤の説明にありましたが、水と緑のネットワークの話です。敷地内には貴重植物が生育する雑木林があり、それを保全しながら少しずつ延伸していくような設計となっています。

さらに、広い視点で敷地を見ると、計画地は二つの河川に挟まれています。そこで、それぞれの河川沿いに存在するエコロジカル(生態系)ネットワークに注目し、2つのネットワークをつなぐような考えで、計画地内の水辺空間は設計されています。生態学的にはパッチ状環境と言いますが、ビオトープなどの環境が点在して存在することで、物理的に離れていても飛翔生物の鳥や昆虫にとっては、そこを移動や休息しながら生息範囲が広がっていく、そんな概念でネットワークを作りましょうという考えの計画です。

作られた水辺は建物の南側にあり、反射光を使っていて壁面のソーラーパネルでの発電にも寄与しています。この周辺をアクアガーデンと呼んでいます。

水盤の水源は、雨水や実験施設で使われた井戸水によりまかなわれています。電気とポンプにより水を回していますが、濾過については、機械や薬剤に頼らない微生物濾過というシステムを採用しています。微生物が住み着く軽石やセラミック製の濾材が水盤を渡る橋の下に設置されており、そこを水が通過する際にゴミなどを付着し、分解することで、生物の生息が可能な水質を保っています。植栽された水性植物の浄化作用も期待していますが、エコロジカルな水盤を作ることができました。

(エコロジカルな水盤/アクアガーデン)

さらに、雨水の流出抑制という視点では、開発前後で敷地外への雨水流出量が増えないように設計をしています。

 

Q.雨水はどこかに流れ込むようになっているのでしょうか?

沢山雨が降った時には、近くの排水溝にオーバーフローして流れます。基本的には大きい面としての水盤があると、冬でもちょっとずつ蒸発して水量が減りますので、その分を補うように井戸水や雨の水が入っています。

今回の前田建設さんの建設行為や施設開発自体が、民間の活力として地域にどのように貢献するかということも注目できるプロジェクトです。

ICI CAMPにおいては、廃校により一時的に閉鎖されていた地域の避難場所を再生することにも寄与しています。また、ICI  LABの整備では、北側にしかなかった改札口をICI LABが面する南側にも設置し、敷地内に歩道を整備することで、駅の利便性の向上を図り、駅と街、街と施設をつなぐような地域貢献もおこなっています。

ICI STUDIOでは、歴史的に重要な建造物である旧渡部甚吉邸を移築・保存し、見学可能な施設として活用することで、民間企業として建設業界に貢献していると思います。

この旧渡辺甚吉邸は、港区白金台にあった歴史的な建造物ですが、住宅のため、あまり大きな空間がなく、移築と利活用するにあたり、その後ろにもう一つ別棟として建物をつくっています。

ICI STUDIOの背後に建つ建物は、ツバメアーキテクツさんが設計したW-ANNEXと呼んでいる建築になります。近年、木造建築に力を入れている前田建設さんが、若手建築家にチャレンジングな木造建築を設計して欲しいとお声がけし、実現しています。詳細は新建築などの雑誌を見ていただければと思いますが、木造の箱が雑木林の中に浮いたような面白い建築ができています。

保存されていた雑木林の中に、できるだけその環境を改変しないように設計と建設を進めましたが、建物が建ってしまう範囲では、工事前に表土をすき取り、保存し、できた建物周辺に戻すようなこともしています。表土の中にいろんな種子や微生物が住んでいるためです。雑木林の環境を守りながら、建物を成り立たせる、そんなデザインを実践しています。(岸さま)

 

Q.施設の収容人員はどのくらいですか?

これは竣工式のパーティーの写真ですが、50、60人ぐらい入っていると思います。

ホールとしての利用やワークショップなどが行える空間として建設されています。今後コロナが終息すれば、取手市内にある東京藝大や以前から前田建設さんが付き合いのあるAAスクールなどと一緒に、木工の家具をつくるワークショップなどが計画されていると聞いています。

私は、このICI STUDIOが完成する前ですが、ICI CAMPをお借りして、ランドスケープ系の学生を中心としたデザインワークショップを開催したことがあります。ランドスケープ設計の方は、多くの方が日本造園学会に所属しているのですが、その関東支部が主催するサマースタジオという学生ワークショップが毎年開催されています。私はその企画運営の幹事を務めていますが、前田建設さんとのつながりをきっかけとして、取手市役所の職員にも話題提供や講評会に参加いただき、街のリアルな社会課題と向き合う実践的な教育の場を提供しています。(岸さま)

 

Q.2つの河川周辺に存在する環境をつなぐという考えは、何かすごく大きな構想ですね。

台地上や斜面地に残った雑木林が、いかに環境として貴重なものであるかを、協力事務所と一緒に生態調査しました。どんな昆虫がいるか、どんな鳥がいるか、絶滅危惧種と言われるような在来の植物種があるかなどを調査するものです。計画地周辺の環境も調査するのですが、河川近くの低地に下りて、水田などの環境を調査すると、周辺にも豊かな環境が残っていることがわかりました。

その調査をきっかけとして、研究者のレクレーションや来訪者を迎える水盤から、生態的ネットワークをつなぐ位置づけの水盤へと計画が発展していった経緯があります。(岸さま)

 

 

株式会社  プレイスメディア
PLACEMEDIA Landscape Architects Collaborative

吉澤 眞太郎
プレイスメディア 取締役(パートナー)。ランドスケープ・アーキテクト。
略歴:千葉大学大学院修了、2018年よりプレイスメディア取締役パートナー。

千葉大学非常勤講師、芝浦工業大学非常勤講師、武蔵野美術大学特別講師。

受賞歴と作品: 2021年度日本造園学会賞奨励賞、「東京国立博物館庭園再整備」、「新風館・エースホテル京都」:グッドデザイン賞、「渋谷駅東口地下広場」、「早稲田アリーナ」:環境設備デザイン賞最優秀賞、「コンフォール松原B2街区」:グリーンインフラ大賞国土交通大臣賞ほか

 

岸 孝 (登録ランドスケープアーキテクト・技術士)
プレイスメディア取締役パートナー

略歴:東京農業大学 大学院修了、2018年よりプレイスメディア取締役パートナー。東京農業大学 非常勤講師。「東京ガーデンテラス紀尾井町」、「GINZA SIX GARDEN」、「ICI総合センター」、「九段会館テラス」などの設計に従事。

現在の活動:北海道から九州まで公共事業からリゾートホテルまでと、幅広い設計活動とともに、日本造園学会関東支部主催の学生デザインワークショップを企画運営し、実践的なデザイン教育の提供に取り組んでいる。

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