【前編】ランドスケープ計画として、特に屋上部の緑化を積極的に活用。個々の建築単体での環境改善がエリアに飛び石のように広がりつながっていくことで、街全体の環境改善も意図した。
設計事例:住友商事のオフィスビルブランドプロジェクト「PREX(プレックス)」
── 西田さまの経歴から教えていただけるでしょうか。
私は千葉大学の学部と大学院、大学院途中で米国ペンシルベニア大学に留学してランドスケープを専攻しました。留学した2年のうち1年は、地域計画を生態学的に進める考え方を生み出したイアン・マクハーグ教授に学び、帰国後は千葉大学大学院に復学、修了後に、1984年日建設計に入社しました。
入社当初、日建設計にはランドスケープ専門の部署はなく、建築の設計部で、単体のビルなどの外構植栽計画などをしていました。1990年ごろからは、単体ではなく複数ビルの開発を含む複合施設の開発計画が多くなり、それらの複数ビルを広場で繋げてランドスケープで一体として計画する業務に関わってきました。1997年に竣工した「クイーンズスクエア横浜」、2001年竣工の「晴海アイランド トリトンスクエア」は、日建設計で担当した事例です。
ランドスケープ設計部の室長をつとめた後、2006年に退社して自身のランドスケープ事務所をはじめました。
── ランドスケープのデザインで大切にされていることはなんでしょう?
日建設計への入社最終面接時に、当時副社長だった建築家、林昌二氏から「造園とはなんですか?」と不意に聞かれて、すぐに答えることができませんでした。それから何十年か仕事をしてみて、ランドスケープは「よりよい風景と環境をつくること」ではないかと今では思うようになりました。
ランドスケープの面白いところは、小さな庭から地区、街、地域、そして国土まで、異なるスケールで計画や設計ができることです。そして建築とランドスケープの違いは、建築の場合は、竣工したときが100%の出来で、それを如何に100%に近い状態で維持させるかがポイントになりますが、ランドスケープデザインでつくる空間は竣工時が60%や70%の完成度で、植物の生長や手入れを見越して何年か後に100%となる事が大切になってくるという違いがあると思います。
── 具体的な事例を教えていただけますか。
現在、「PREX(プレックス)」というオフィスビルのプロジェクトに参画しています。これは住友商事の中規模オフィスビルブランドで、東京都の千代田、中央、港区を中心としたシリーズです。単体のビルを一棟で貸すため、ランドスケープ計画としては特に屋上部を積極的に活用しています。
屋上には緑を楽しめる空間をつくり、環境配慮と入居者へのアメニティの提供を意図した計画を進めています。植栽だけでなく、テーブルやカウンター、椅子、ベンチなどを設置して、緑を見ながらの休憩、メールチェックや簡単な打ち合わせ、あるいは喫煙スペースで一服といったことを想定した空間づくりをしています。いくつかのビルでは、給水と排水を設けて、周辺の景色を楽しみながらパーティーができるようにして、建物に付加価値を生んでいます。
室内のデスクを離れ、緑や街の景色を見ながらの休息や第二のオフィススペースとしての屋上スペース
緑の夜景と、緑越しに都心の夜景も楽しめる。
「PREX」は、同じ住友商事の「テラススクエア」という再開発案件とほぼ同時に始まったプロジェクトです。「テラススクエア」は、東京・神田での再開発にあたって広場と建物空間を整備して、街の環境を良くしていく計画です。都市の中で緑をつくろうとしても、公園を整備するためには土地が高価すぎて公共サイドでも民間でも買えるわけではありません。神田エリアは緑が極端に少ないエリアでしたが、「テラススクエア」によって、緑と一体となった広場を計画することで、緑による街の環境整備が少しづつ進んでいます。再開発という都市の新陳代謝を利用することに、環境を良くしていくランドスケープの可能性があると考え、新たなランドスケープ空間を生み出すものとして再開発を捉えています。
その後に続く「PREX」シリーズは、一つひとつは比較的小さな案件ですが、個々の建築単体での環境改善がエリアに飛び石のように広がりつながっていくことで、街全体の環境改善も意図しています。「テラススクエア」竣工から10年ほどが経った現在でも、「PREX」のプロジェクトは進んでいます。
── 都市部での屋上緑化は、可能性が大きいということですね。
再開発ビルのランドスケープ空間では、都市緑化からの副産物も生まれています。神田エリアのビル屋上では、芋やブドウを育てて焼酎やワインを醸造し、「晴海アイランド トリトンスクエア」という同じ住友商事が開発したプロジェクトでも、植栽エリアで育てたハーブを香り付けにしたクラフト・ジンがつくられています。販売はしないのですが、企業の関係者に記念品として渡すことで、都市緑化への理解や企業の多角的な活動を伝えることに役立ち、都市の緑の多様な可能性を感じています。
ちなみに、都市緑化における屋上緑化は何のためにするかというと、雨水を屋上部、特に客土部分に一時貯留する事で、雨水の下水への直接流入を減らし、都市河川への流入も減らすことでの洪水抑制が目的の主流になっています。日本では1980年代から屋上緑化が進み、最初の頃はヒートアイランドの緩和が主目的と盛んにうたわれていました。しかし、屋上緑化の本場であるドイツでは、当初からヒートアイランドの抑制とはうたっていません。
ベルリンの中心部ポツダムでの再開発では、ほとんどのビルが屋上を全面的に緑化していますが、その開発の隣地には既存の巨大な公園があることを見てみても、屋上緑化の目的がヒートアイランドの緩和ではないことが理解できます。日本でも、この流れは、最近のグリーンインフラ整備による洪水抑制の動きにつながってきていると思います。
ベルリン中央の既存大規模緑地と隣接する再開発の屋上緑化
株式会社 N.L.A.(西田正徳ランドスケープ・デザイン・アトリエ)
代表 西田正徳
技術士・ランドスケープアーキテクト。
千葉大大学院修了、ペンシルベニア大大学院修了(MLA)。元・株式会社日建設計ランドスケープ設計室室長。「NEC玉川ルネサンスシティ」「青山学院大学相模原キャンパス」などを担当。「晴海アイランド・トリトンスクエア」にて2005年日本造園学会賞作品賞を受賞。2006年独立、「沖縄大学院大学」「テラススクエア」「伊勢志摩サミット報道センターの庭」などに参画。東京農業大学客員教授、桜美林大学非常勤講師、国士舘大学非常勤講師。
著者プロフィール
最新の投稿
- ビルガーデンエクステリア2025.01.27【前編】ランドスケープ計画として、特に屋上部の緑化を積極的に活用。個々の建築単体での環境改善がエリアに飛び石のように広がりつながっていくことで、街全体の環境改善も意図した。
設計事例:住友商事のオフィスビルブランドプロジェクト「PREX(プレックス)」 - ビルガーデンエクステリア2024.12.23【後編】北欧のフィンランドの建築「ルイジアナ美術館」からのインスピレーションを得て、建築とランドスケープが融合を目指すという建築設計者との共通の認識のもと、隣接する住民や地域に応えつつ、丘のような園庭と開放的な園内空間を設計した。
設計事設計事例:富山市の「新庄さくら保育園」 - ビルガーデンエクステリア2024.11.26【前編】医療と共に介護のニーズに応えて慢性期以降の患者にサービスを提供。修景して鑑賞する対象となるだけでなく、リハビリの一環として、病院を利用する患者と面会者、職員が一体で機能する「庭のある病院」を組み込んだ。
設計事例:富山市のリハビリ・病院施設「野村病院」 - ビルガーデンエクステリア2024.10.29【後編】未来のために、あえて作り込みすぎず余白を残す設計思想「余白のデザイン」を提唱。
【設計事例:角野栄子児童文学館(魔法の文化館)】