【後編】京都での先進的試み。京都の自然を感じながら暮らすスタイルを屋上緑化や立体的な庭で展開。【「新風館・エースホテル京都」事例】
Q.吉澤さまのプロジェクトをご紹介ください。
ご紹介するのは、京都の「新風館・エースホテル京都」です。敷地は中心市街地にあり、面積は6000㎡で、2020年に竣工しました。事業者はNTT都市開発、建築設計は隈研吾さん等です。
新風館は大正時代、旧京都中央電話局で当時の建築を保存しながら2001年に建築家リチャード・ロジャース等の設計で、商業施設にリノベーションされました。2016年に商業施設は閉館し、ホテル・店舗・映画館からなる複合施設として再開発されました。
京都の街は120mグリッドで町割りがなされていて、室町時代より前は町としては、このグリッド内に寝殿造の建物と庭がある構成でしたが、近世になると、町家になって細分化されてきました。細分化されるけど、京都の町家の中には、坪庭や座敷庭など自然を感じられる庭が継承されていました。これは現存する杉本家住宅でもみられます。街の中だけども、自然を感じられるように庭を作る文化が残っていたと思います。
今回は平面的に展開していた京町家の自然を感じながら暮らすスタイルを立体的に展開していくことを考えました。地上部の中庭、低層棟のルーフトップテラスの庭、3階の屋上庭園、4階の光庭、客室のテラスの庭と各階に立体的に庭を展開しています。京都では屋上緑化や立体的に庭が展開してるところが少ないため、京都では先進的な試みが実践できました。
また地上部は、敷地内に路地をつくり、中庭を介して周囲の街路とつながっています。地下鉄の烏丸御池駅からも直接、中庭に出てくることができ、街にも貢献できているかと思います。
またそれぞれの庭で京都の自然を展開できないかと考えました。
各庭の日照条件によって、京都の奥山、里山、里地で育つ草花を植栽しました。地上部の中庭は建築に囲まれて陰地となっている環境を京都の奥山の谷筋に見立て、リョウメンシダやナキリスゲなどを導入しています。3階のルーフトップテラスは京都市街周辺の東山や北山の里山にみられるバイカオウレンなどを、客室のテラスで日当たりのよい場所には北嵯峨の土手や畦の里地に見られるタンポポ類などを導入しています。
京都の奥山では北山杉が生産され市街地の木造の町家をつくる木材となり、市街地周辺の里山では林床のササが和菓子に使われたり、昔はアカマツが五山の送り火の薪に使われたり、里地では京野菜が育てられています。これらの京都の文化を形成するのにかかせない周辺の山や畑などの環境で見られる植物を導入することで、新風館を利用する地元の方やホテルを利用する旅行者の方に、京都らしい庭や自然の一端を感じていただけたらと思っています。
また計画・施工段階では、参考にした里山や里地で、京都の自然に詳しい方にヒアリングしながら、建築の設計者や施工者と踏査し、このプロジェクトでランドスケープデザインの目指すところを共有しながら進めることができました。
では実際の庭がどうなったかを写真で説明していきます。
地上部の中庭は、今年の7月に見てきましたが、朝始発で東京から行って8時半ぐらいに、地下鉄から直接中庭に上ってくると、中庭が朝の柔らかい光で満ちていました。中庭の西面のガラスに東からの日光が反射して、中庭を照らしイロハモミジが柔らかい木漏れ日を作っていました。実際にはこういう中庭を作るときは照度シミュレーションをして、植物の日照条件としては問題ないということを確認してますが、朝にこんな光が柔らかく入っていることは、作っておきながら驚きました。
計画段階で私が奥山の調査に行くときは、朝方に車を飛ばして、尾根を何度も越して行きましたが、尾根の先の谷間の集落は雲海につつまれていました。峠をくだり霧の中にまた入って行く際に、霧が朝日に照らされて幻想的な光の世界に入る感覚でした。朝日につつまれた新風館の中庭をみて、調査時の感動を実際に再現できたと思いました。(吉澤さま)
Q.光の加減もありますけれども、湿った空気が流れてるような、そんな感じがしますね。
建物に囲まれた空間ですけど、それは悪いことではなくて、その場所らしい環境っていうのが、京都の土地の関係からうまく作り出せました。
新風館を訪れた方にとって、この中庭が新風館を代表する場所になっているようです。新風館に来たよという投稿をされる際に中庭の写真がかなりの確率で入っています。私にとっては、中庭の状態をSNS上で確認できて、とても助かっています。
中庭を上がっていくとルーフトップテラスがあり、ホテルのイタリアンレストランのテラスになっています。ここは日照条件が良いため明るい里山の環境をつくっています。
次に3階の屋上の庭園です。
結婚式のときに外に出てきて写真を撮ったり、宿泊客の方が朝食を食べて、ここでちょっとくつろいだりするような場所です。オールデイダイニング前には、斜面から水が湧き出ているように見せる滝組みを設置しました。この敷地を発掘調査し、出土した滝組の遺構をこの庭に移設しました。(吉澤さま)
Q.屋上緑化は散水しているのでしょうか?
自動潅水設備を入れていますが、保水性、透水性の高い土を入れてるので、自動潅水はなくても大丈夫です。
ホテルはエースホテルが入っています。アメリカの西海岸のシアトルに1999年に誕生したホテルで、ライフスタイルホテルの先駆けとなったホテルです。
アメリカのエースホテルのロビーは、旅行者だけでなく地域の方も朝から夜遅くまで多くの人が集い、地域のラウンジのようになっています。
客室は213室あります。保存建物の部分の客室は電話交換設備を置いていた部屋を改修しているので天井高が高くて、他にはない客室ができています。(吉澤さま)
Q.四条通から人の流れは確保できていましたか?
東洞院通り沿いに、10年ぐらい前に京都八百一本館さんがオープンしたり、様々な店舗や施設ができ始めていました。そのきっかけになったのは20年前の新風館のリチャード・ロジャースによる保存建物の商業施設が四条から人が歩いていくきっかけを作りました。
本施設の事業者であるNTT都市開発としては、前進の新風館でエリアデベロップメントを成し得たので、本格的な再開発として本計画を立ち上げました。
工期は解体も入れると、3年ぐらいです。
設計は前倒して、その前3年ぐらい2014年ぐらいから携わっています。(吉澤さま)
Q.ホテルの稼働率はいいのでしょうか?
京都に行くたびに寄りますが、中庭に面したイタリアンレストランはいつもお客様でいっぱいです。コロナで外国の旅行者が少ないときでも、地元の方が使われているので、街に受け入れられたと感じます。(吉澤さま)
Q.建築家とランドスケープデザイナーの立場からの議論は当然されたかと思いますが、どんなところがポイントでしたか?あるいは建築家の計画を聞いて、いいと思われたことはありますでしょうか?
建築家の隈研吾さんとは地域と施設、現代と過去がつながるプロジェクトにすることを話ていました。ランドスケープにおいては庭がつなげる媒体となり、建築では木やレンガ、墨入りコンクリート、鉄のマテリアルを伝統工法だったり、ルーバーやメッシュなどのディテールによって伝統と革新を融合することでつなげています。(吉澤さま)
Q.岸さまの作品について。
ゲートとかエクステリアの工作物をお使いになってるようにも見えたのですが。このプロジェクトについてはどうでしたか?
ICI 総合センターのときは、敷地面積が広いため、外周のフェンスはメーカーさんの既製品フェンスを使いました。(岸さま)
Q.フェンスも設計者でコントロールしたい要素でしょうか?
どこにゲートを設置するかなども大切なポイントですよね。
ゲートの位置も、もちろん提案させてもらいます。ICI LABのメインのゲートでは、オリジナルデザインのスライド式の門扉をデザインしました。施設の印象を特徴づけるような門扉などは、プロジェクトごとにオリジナルのデザインをさせてもらうことが多いと思います。
今回は縦格子のピッチを変えることで特徴をもたせたデザインです。横方向に長い門扉のため、変わった素材や凝ったデザインをするより、格子のピッチを2パターン付けることによって、少し変化を持たせたゲートを目指しました。
裏からも見るシチュエーションもあるので、裏にも同じような縦の格子がついており、両面が表となるゲートになっています。
ICI CAMPでは、V字型の特徴的な屋根を持った建築デザインを受けて、木板の目地を大きく取り、斜めに少しラフに木板を張ったデザインとしています。
ランドスケープデザインは、施設に入ったときの印象やイメージを大きく左右しますよね。
後ろに特徴的な建築が現れてきますが、そことの調和やデザイン的なリレーのようなことを心がけています。(岸さま)
Q.ベンチがありますが、特注品でしょうか?
これはうちの事務所でよく使う溶接金網をボックス状にしたフトンカゴと言われるものです。フトンカゴの上に木製の座面が設置されていて、中には周辺の河川敷で取れた石をつめています。(岸さま)
Q.オリジナル品はありますか?
外形寸法が決まった規格品もありますけど、場所によって長さや形状などをその都度変えるのでオリジナルになると思います。
当初はICI LABの水際で、エッジの処理のために、このフトンカゴという素材を使いました。本来このようにして使う土木資材です。ICI CAMPでも、デザイン的に関連性を出すためにベンチにフトンカゴを使っています。(岸さま)
Q.ここにベンチが入っていますが、特注品ですか?
オリジナルで制作してもらいました。
ICI総合センターのファニチャー関係では、土木系に強いゼネコンである前田建設工業の特徴や、敷地自体がもともとPCの工場だったという歴史から、都市型側溝というPC製品を転用して、ベンチなどを作っています。四角いコンクリートの真ん中に穴が開いて、スリットが切られているような側溝ですが、その型枠の内側にスタイロなどを使い、少し細工することで、人が座りやすいような形状に打設し、それをベンチなどに使っています。その場所ならではのファニチャーを作ろうという試みです。(岸さま)
Q.そのような考えがあるとなかなかメーカーの工作物を使うのは、難しいでしょうか?
建築設計の方ご自身でゲートやベンチを設計されたいのでしょうか?
したい、というわけではなく、その場に合ったものを作りたいという考えです。ここにあるべきものはこれじゃないかなと。
各メーカーさんもそれぞれに得て不得手があるとおもっています。デザインにこだわっていたり、大量生産することが得意なところもあると思います。YKK APさんはデザインとアルミの鋳物にこだわったファニチャーを提供していると思います。価格も張るけれど、それに見合ったいいプロダクトを制作されている印象です。我々もそれをプロジェクトの状況とか、自分の好みに合わせて、使い分けている、取捨選択しています。使わないことは全然ないですね。(岸さま)
Q.吉澤さまはこういうランドスケープのエクステリアのファニチャーについては、新風館の事例ではあまり使うことがなかったかと思いますが、どのようなお考えがありますか?メーカー品とオリジナルを比べて。
今の議論の通り、基本的にはオリジナルというか、その場に合ったものを入れたいと考えています。私がメーカーさんに期待するというかいつも頼っているのは、機能面、性能面です。さっきのゲートですと、ゲートの自動で閉まるシステムとか、その荷重に耐えれられる稼働部分の強度等です。我々はそういうことを常にやってるわけではないので、機能面においては知見が蓄積されているメーカーさんに頼ります。お施主さんにとってはオリジナルで作ってすぐ壊れちゃったとか、メンテにすごいかかるとか、締まりが悪くなることは避けたいので、機能面について我々は頼らざるを得ないです。我々の強みは、部分と全体との調和だったり、形だったり、素材の選択などをコントロールしたいと思っています。(吉澤さま)
Q.たとえば、ゲートやシャッターなどは、オリジナルが難しいとは思いますが、どうされておりますでしょうか?
そういうときに独自の機構をお持ちのメーカーさんがいるので、レールなくてもこんな距離を飛ばして滑車なしでいけますとか。(岸さま)
Q.YKK APの製品については、何か使ったことはありますでしょうか?
エスパリアウォールを使ったことがあります。壁面緑化で蔓がからんでいく誘引材です。(吉澤さま)
Q.新風館の開発では壁面緑化をされていますか?
壁面緑化はありません。テラスの先にかご状の溶接金網に土を入れたプランターを設置し、側面から蔓植物を垂らしています。いわゆる壁に植えていくようなことはしていないです。(吉澤さま)
うちの事務所は、ほとんど採用しないですね。持続性がないので。土が限られたところに植物は植えられて、かつ横にずっと寝かせられたまま。植物は上に伸びていく性質なので、かなりストレスがあり、長い目で見るとうまく育たないからです。壁面緑化を採用する場合は、しっかり基盤を水平に確保し、積み重ねて壁面を作るべきと考えています。(岸さま)
壁面緑化自体も基本的には水耕栽培なので、水持ちの良いミズゴケや不織布に植物を入れて、常に毎日水を供給してやるので、かなり電気代と水道代はかかっています。
岸が言ったように、プランターで適切な量の土を入れておけば、雨水の少ない水で植物は永続的に育ちます。(吉澤さま)
GINZA SIXの屋上庭園から下の階へ降りるところの中庭では、緑化面積の関係で壁面緑化が行われていますが、基本的には15センチ角のプランターを積層しています。
Q.屋上緑化は効果がありますか?例えば下の部屋に対する効果、確かに屋上を緑化していて、例えばコンクリートの天井や屋根よりも、温度は下がってるように思いますけど。
そういう依頼があってやることもあります。あと屋上緑化の効果はいくつかあります。例えば雨水の一時貯留する機能です。雨が降ると、屋上緑化の土壌に雨水が浸透し、貯留します。
何もない屋根ではそのまま流れてしまいますが、屋上緑化の土壌で一旦受け止め、雨水流出を抑制する効果もあります。大雨のときには下水管や河川への増水を抑制する効果があります。(吉澤さま)
もう1つ、熱を下に伝えないことは、屋根の構造躯体に対する保護にもなります。例えば建築だと防水して保護層をしますが、さらに屋上緑化を載せておくと、その防水層と保護層を傷めず、紫外線と熱から守るので、屋根の耐久性にもプラスに働いています。
その地域在来の植物種を選定すれば、さっきの生態ネットワーク一部となり、鳥や昆虫が来たりもします。(岸さま)
Q.この壁面緑化のプランターはアルミ製でしょうか?
メーカーなどで商品化されていますか?
これは、あるメーカーさんの製品ですが、色をオリジナルで変えて使っています。最近では他のメーカーさんも、同じようなものを作っているようです。もう少し規格を大きくしたり、ステンレスが得意なメーカーさんが、ステンレス製のプランターを作ったり。(岸さま)
我々はオリジナルで詳細図を描いたりもしますが、何十年後の経年変化を予測して、そこに入れる土は何がいいかとか、排水はどこに気をつけたらいいのかとか、我々の知見よりも年間何十件、何百件も納品されて、知見をお持ちの方と必ず設計段階、施工段階でよく話してやっています。(吉澤さま)
Q.設計の方がアイディアを出して実用新案を取得し、メーカーと商 品化していくのがいいですよね。
実際何件かあります。
考えたディテールが、次の年のメーカーのカタログに何か載ったことはあります。(吉澤さま)
事業者から既製品しか採用できないと言われ、オリジナルデザインの横断防止柵を既製品にしていただき、採用した事例もあります。量産され、街中で使われてる姿を見ると、別に自分たちの名前がでなくても、いいと思ってくれているんだと感動します。(岸さま)
Q.YKK APや、商品を見ての評価、イメージなど、ご意見や要望等ございますか?
エクステリアというジャンルで様々なメーカーさんがありますが、YKK APさんのものはデザインが洗練されていて、お値段がワンランク上という印象があります。金属製で格子状の座板のベンチのシリーズは私も好きなデザインです。(吉澤さま)
同じようなことですが、少し高めの価格帯であればこそできる販売戦略もあるのではと思っています。例えば、洋服ではセミオーダーがあるように、ちょっとだけどこかのパーツが変えられるような製品です。例えばベンチの座面が何パターンもあるとか、形状を変えられるとか、既製品だけれども、オリジナリティを持てる製品というイメージです。(岸さま)
Q.最後にこれだけは伝えたいことは、何かありますでしょうか?
事務所の宣伝をすると、弊社の宮城が新しい本を9月20日に出版しています。
「庭と風景のあいだ」鹿島出版会のSD選書です。弊社の作品の背景ある考えがまとまっていますので、手にとっていただけると幸いです。(吉澤さま)
株式会社 プレイスメディア
PLACEMEDIA Landscape Architects Collaborative
吉澤 眞太郎
プレイスメディア 取締役(パートナー)。ランドスケープ・アーキテクト。
略歴:千葉大学大学院修了、2018年よりプレイスメディア取締役パートナー。
千葉大学非常勤講師、芝浦工業大学非常勤講師、武蔵野美術大学特別講師。
受賞歴と作品: 2021年度日本造園学会賞奨励賞、「東京国立博物館庭園再整備」、「新風館・エースホテル京都」:グッドデザイン賞、「渋谷駅東口地下広場」、「早稲田アリーナ」:環境設備デザイン賞最優秀賞、「コンフォール松原B2街区」:グリーンインフラ大賞国土交通大臣賞ほか
岸 孝 (登録ランドスケープアーキテクト・技術士)
プレイスメディア取締役パートナー
略歴:東京農業大学 大学院修了、2018年よりプレイスメディア取締役パートナー。東京農業大学 非常勤講師。「東京ガーデンテラス紀尾井町」、「GINZA SIX GARDEN」、「ICI総合センター」、「九段会館テラス」などの設計に従事。
現在の活動:北海道から九州まで公共事業からリゾートホテルまでと、幅広い設計活動とともに、日本造園学会関東支部主催の学生デザインワークショップを企画運営し、実践的なデザイン教育の提供に取り組んでいる。
著者プロフィール
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