【後編】帝冠様式の「京都市京セラ美術館」。そのファザードは変えずに、新しいエントランスを地下につくり、東西に貫通する動線を骨格として日本庭園を含む岡崎エリア全体の回遊性を創出した。
Q.「京都市京セラ美術館」について教えてください。
「京都市京セラ美術館」の前身である京都美術館は1933年に昭和天皇の即位を記念してできた大礼記念美術館です。
当時、この美術館への来場者は着物や背広を着た、比較的上流の方だったようです。戦後は接収された時期があり、靴磨きの部屋にされた部屋も残っていました。
ミロのヴィーナスやツタンカーメン展をしたり、関西では重要な役割を果たしてきました。関西はあまり大型の美術館はなくて、「京都市京セラ美術館」(新:京都市京セラ美術館)と目の前にある京都国立近代美術館、大阪の国立国際美術館ぐらいが中心で、京都市美術館はその中でもどちらかと言うと上野の東京都美術館と同じ貸館として、企画展の他に団体展を多く行う美術館でした。
今ではとても造れないだろうなと思われる全面石張りの立派な正面玄関がありますが、とても狭いのです。改修前は10万人も来場者があると、お客さんが外にあふれてしまい、テントを張って待機させていました。また、ロッカーやチケット売り場、ショップといった今では当たり前の機能も当時は考慮されていませんから、現代の使い方との間に齟齬があったのです。そこで、現在は使われていない正面玄関下にある地下の備品倉庫を新しくエントランスにすることを考えました。そして地面を掘り、玄関下にある備品倉庫の壁に穴を開けて地下から入れるアプローチをつくりました。
備品倉庫の古いタイルや装飾は残しています。ここを抜けて、備品倉庫の反対側に大階段をつくり、ここの大階段を上がると、かつて大陳列室と呼ばれていた中央ホールに出る、というのが導入です。
そのまま東玄関へ抜けると、日本庭園があります。東玄関の庇の外側に新たに屋根とガラスを付け足して室内化し、ロビーとしています。ここまでを無料ゾーンとすることで美術館を貫通する動線がうまれ、日本庭園を含む岡崎エリアの回遊性が高まることを狙っています。ロビーの奥に現代美術専用の展示室、東山キューブを増築しました。中央ホールからは南回廊、北回廊、それぞれ1,000㎡ずつぐらいある展示室の1、2階と東山キューブへの計5室の交通のハブになっています。
美術館のファサードは帝冠様式という、西洋風のボディーの上に日本の屋根がかかっている当時の折衷様式で、これは今となってはすごく珍しいものです。エントランスを拡充するために、正面玄関の前にガラスボックスを作るなどしてしまうと、ファザードを隠してしまうことになるから、それは、絶対にしないと心に決め、それで、新しいエントランスを地下にすることにしました。これがある種の新しい基壇のようになっています。
元々、西側広場は石の階段になっていているので、特にイベントができるわけでもなく、かといって雨風をしのげるわけでもないという場所だったのです。
それを地下に落とすようにして、神宮道側を階段状に擦りつけたので、お客さんが階段に自然に座るようになりました。ここに座ると建物を正面から見ることになります。また、元の正面玄関のレベル(1階)は、ある種のステージのようになって、階段は客席にもなります。
スロープで下っていくので、いろんなレベルに立つと視線が半階ずつずれて、とても立体的な広場に変わりました。
スロープを降りていく途中にショップやカフェが見えます。だんだんスリットが大きくなっていくので、次第に、はっきり見えていって、そこから入っていきます。
Q.東山キューブについても教えてください。
東山キューブは本館東側に増築したもので、新しい現代美術用展示室と収蔵庫、事務室、機械室が入っています。展示室は高機能天井を備えた天井高さ5m、1000㎡の大きな一室で、日本庭園とのつながりを重視しています。増築になりますが、既存本館外観との色彩的な調和させるために、着色したGRCパネルで外装をつくり、既存レンガサイズをモジュールとした凹凸を付けたものにしています。
Q.建築デザイン全体計画の中で、外部空間については、どういうふうに考えていられるのですか。
「京都市京セラ美術館」の場合はまず、外構から考えました。この新しいエントランスを作ることが案の肝なので、ここから全てが決まったのです。ですから、まず、どうやって滑らかに地下までアプローチをつくるか、同時にこのアプローチが十分な広さを持って広場のような空間になるかを考えました。勾配は法定以下の20分の1です。だからベビーカーでも苦じゃないし、座れるところもある。平安神宮に向かう喧噪の神宮道からちょっと下がっていて、車も来ないし安全なので、この辺でいつも子供が走り回っています。
ここの広場はすごく成功したと思います。
それと、忘れられていたような日本庭園をどう考えるかっていうところがまず計画のスタートです。そして東西に貫通する無料ゾーンをつくるということが骨格となりました。これはプロポーザルの時から変わっていません。
Q.ここで使っている外構資材について教えてください。
京セラ美術館では、ピンクのインターロッキングを使っています。これは外壁がオレンジ色だったので、同じ暖色系で薄ピンクが入ったものです。
インターロッキングは既製品で、手すりなどは製作しています。
Q.インターロッキングは基本的には使ってみて、評価が高いということでしょうか?
そうです。これは良かったと思います。ヘリンボーン張りにしています。これだと方向性があんまり出ないので、並べ方ひとつで表情を変えられます。
これまでは、あまり外構にコンシャスなわけではなかったですが、「京都市京セラ美術館」を設計してから外構もすごく考えるようになりました。
コテコテとデザインを付け足すのではなく、シンプルに建物へのアプローチがどのように快適だとか、座れるところがあるかとか、そういうことをきちんと考えたいと思いました。
シンプルで、後からまた改修できるもの。大きな骨格だけは作るけど、視線やくつろぎ方が多様になるものを目指したいと考えています。
Q.YKK APの製品を使ったことはありますでしょうか?
住宅を設計したときに外壁の塀を検討したくらいです。
「八戸市美術館」の外構も結局製作した方が安いということになって製作しました。塀は裏側の住宅地との境界に一部にあります。
デザインにこだわりがなければ、自分で製作したほうが安いです。すごくシンプルなことしかやらないので。そのままゼネコンにつくってもらった方が安かったような気がします。
ただ外構資材というのは、どれぐらいカスタマイズできるかですね。色とか、長さとか、ピッチとか。例えば、勾配があるところにつくるとなると値段が高くなってしまう。もっとシンプルにフラットバーだけで作った方がいいかなとなります。
Q.YKK APの中でも、コストの問題はありますが、アルミ素材の椅子など面白い製品もあるかと思います。アルミ素材についてもご関心はいかがでしょうか?
トータルに設計すると、同じディテールで自転車置き場もつくれますかということになってしまう。ちょっと難しいとなると、自分で作るかなということになる。
メーカー製品は特にどれがいいとか悪いとかはなくて、シンプルで使いやすいと思ったら使うし、作った方がいいかなって思ったら作るし、全部が全部作りたいということでもないです。いいものがあれば使いたいです。
Q.素材デザイン、価格が重要ですけれど。今後、外構メーカーに対する望むことはありますでしょうか?
外構メーカー、YKK APに限らずですが、どのメーカーも、外灯は外灯、ベンチはベンチで全部バラバラなのです。多分ベンチを考えているデザイナーと、外灯を考えているデザイナーは違うのだと思いますが、それでは使えないことが多いです。
塗装ひとつとってもシリーズ化して、同じファミリーで製作できるというのが、しかも、ちゃんとそれが本当にシンプルで使いやすいものがロングセラーとして意識されていることが大切です。ちょっとまたモデルチェンジしましたと頻繁にやられると、それはメーカー側としては良かれと思ってやっているのでしょうが、設計側としては、かえって使いづらいです。数年たって改修するときに、前回頼んだやつがないというのは困ります。だったら同じ仕様で作れるようなものを選びます。
もっとシンプルにやって、その後はカスタマイズができるということがいいと思う。
Q.屋外の灯りについてはどうお考えですか。
灯りは非常に大事です。日本の電設メーカーには、そんなに数がなくて、ネットで探したりしていいなと思うのはヨーロッパのものだったりします。海外のものは結局使えなかったので、それに真似たものを製作したことがあります。
一方、海外のものは規格が違うので難しいです。
あと、例えばそのエクステリアでよくあるのが、郵便ポスト。そういうことひとつとっても、手すり、フェンス、車止め、縁石とか、そういうところも何かもうちょっと思想を持って、全体的に統一したデザインで商品を作ってくれると、メーカーのブランドにも繋がると思います。
結局、どこも大体似たようなことやっている。こっちはこの色があって、あっちにこの色があったぐらいの違いしかない。そこはなんかもっと、思想があるといいと思います。
このインターロッキングの会社は、かなり微妙でいい発色のインターロッキングを標準で作っていたので、使えそうだと思いました。プロポーションが細いのはあんまり見なかったので、使ってみたいなと思ったのです。
西澤徹夫 (株)西澤徹夫建築事務所
1974年生まれ。2000年東京藝術大学美術研究科建築専攻修了。2000~05年 青木淳建 築計画事務所、2007年西澤徹夫建築事務所設立。2023年より京都工芸繊維大学デザイ ン・建築学系特任教授。「東京国立近代美術館所蔵品ギャラリーリニューアル」(東 京都、2012年)、「映画をめぐる美術──マルセル・ブロータースから始める」展会場 構成(東京都、2014年)、「Re: play 1972/2015―『映像表現'72』展、再演」(東京 都、2015年)、「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」(神奈川県 、2019年)、「京都市京セラ美術館開館1周年記念展 森村泰昌:ワタシの迷宮劇場 12 」(京都府、2022年)など展覧会会場構成、「京都市美術館再整備事業基本設計・実 施設計監修」(京都府、2019年、共同設計=青木淳建築計画事務所)、「八戸市新美 術館設計」(青森県、2021年、共同設計=浅子佳英、森純平)など、美術館・文化施 設の設計に多く関わる。「京都市京セラ美術館」で第8回京都建築賞、2021年日本建 築学会賞(作品)、2020年度JIA日本建築大賞、第30回AACA賞、第62回毎日芸術賞な ど、「八戸市美術館」で2022年度JIA日本建築大賞、第43回東北建築賞など、受賞多数。
著者プロフィール
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