【後編】「景観を設計すること」をテーマに、物事の連続性やシークエンスを見出してコンセプトとし設計することが必要。特に、「ナラティブ(物語性)」“ロマンをデザインする” という哲学を大切にすることで、ランドスケープには建築以上の喜びがあると感じています。【設計事例】創価大学 八王子キャンパス 中央教育棟 / 麗澤大学校舎「あすなろ」/ 大阪学院大学キャンパス
Q. ランドスケープデザインの役割について、どのように考えておられますか。
(都田 徹)
日本ではとかく「土地はお金を生む」と捉えられることが多く、直接的に利益を生まないパブリックな広場にはコストをかけない傾向にあります。近年はようやく街区の開発などでアメニティ(快適な環境)が見直されていますが、以前にはオープンスペースはデッドスペースと見られていましたし、日本人には精神的な余裕が長らく失われていたといえるでしょう。また、建築設計では機能やプログラムが詳細に決まっている場合が多く、オープンスペースで何かをつくるのは難しいケースがほとんどです。
また、ランドスケープデザインでは、発注者の外部空間に関する要望や信念を初期段階で把握する必要があります。特に大学キャンパス計画のデザインでは、大学や公共スペースでのフィロソフィを設計の前段階で明確にすることが大切です。
その点で、ランドスケープのデザインでは初めに「ナラティブ(物語性)」をつくることができますし、私たちはその部分をとりわけ大切にしています。私自身は、ランドスケープには建築以上の喜びがあると感じています。
私たちは事務所の名前にしているように、「景観を設計すること」をテーマとしています。風景は場所や季節、時間によってそれぞれ異なりますが、物事の連続性やシークエンスを見出してコンセプトとし設計することが必要です。最初に“ロマンをつくる”ように心がけておかないと、金儲けの話とコンセプトが逆転したままデザインしてしまいがちですから。
Q. ランドスケープで“ロマン”を創出することを、具体的なプロジェクトを例に教えていただけますか。
(都田 徹)
景観設計・東京では、大学のキャンパス計画をいくつか手掛けてきました。キャンパスは学生にとって勉学やクラブ活動に励んで大人に成長していくための社会的な舞台となり、社会に出る際の門出の空間となります。そうした環境では、ランドスケープを先に考えてから建築をどう入れるかという発想がしやすいと思います。そして、「コンテクスト」といわれる敷地固有の脈絡が大事で、脈絡を読み取るために、土地の歴史や地形、気候などを調べていくことがランドスケープデザインの第一歩となります。
■創価大学 八王子キャンパス 中央教育棟
(造園学会作品選集 2016年、2017 IFLA APR the Design Award of Excellence)
「創価大学キャンパス」は東京郊外の敷地で、新校舎に対応したランドスケープを設計しました。外部空間設計での大きな分類としては、①大学キャンパス全体の主動線上のメインプロムナード(栄光の道)の石貼り広場と中央教育棟正面前の「たびだちの庭」のしだれ桜の庭、②北エントランスへのアプローチ空間と駐車場および駐車場法面の「ロマンの庭」、③大講義室(1,000人ホール)南側の階段広場、④1,000人ホール側の「三日月の庭」、⑤7階の「屋上ガーデン」となります。これら以外にも、新校舎の東側の学生ラウンジへのアクセス部(百日紅の庭)、そして3階、4階の屋上庭園の緑化などがありました。
山が近く起伏のある敷地で、中央教育棟前のパーキングと北西側を通る車道との高低差は2〜3mありました。この高低差のある法面を“花壇”にすることを考え、「ロマンの庭」と名付けました。思い描いたのは、私が数十年前に訪れて見ていた、イタリアの山の斜面にあるロックガーデンです。景石と植物が組み合わされた斜面が延々と続き、自然石と草花が調和した姿に圧倒されました。
高低差のある法面にロックガーデンの美しさをつくるために利用したのが、「都電石」です。これは路面電車の軌道敷に使われていた敷石で、大学では駐車場の石畳として用いられていたものでした。長方形の御影石を法面に立てるようにして配置し直し、法面部の「コンターライン」(等高線)が意識されるようにしました。このコンターラインの秩序で花壇の美しさを表現する、というデザインです。
Q. 大学のキャンパスで、他に計画された事例を教えてください。
■麗澤大学校舎「あすなろ」
(都田 徹)
麗澤大学校舎「あすなろ」は、民間の指名コンペティションで獲得し、実現した作品です。このコンペには日建設計、松田平田設計、岡田新一設計事務所、清水建設の4社が参加し、私たちの会社はそのうち株式会社岡田新一設計事務所のランドスケープ担当として参加しました。岡田事務所には、コンペ案における建物の高さを「森の高さ20mより高くしない案での参加をしたい」と我が社が提案していました。
その結果、岡田新一案の20m以下の棟3本で広場を囲む案が1位となりました。他のチームの案は3案とも、高層棟1本の案でした。
■麗澤大学校舎「あすなろ」
(第11回 2014 IFLA APR Award)
■コンペ案の理念
大学の理念「仁草木に及ぶ」:─麗澤大学における森との共生─
最近は環境・自然ブームはもちろんのこと、都会の中での“自然と人間がサスティナブルな関係を結ぶ”ということが極上のランドスケープであるといっても過言ではない時代になりました。その意味において、この計画では既存の貴重な緑を、もう一度、あって当たり前の緑にまで、質・量ともに戻せないか、そして麗澤の学生が学園の緑を“あって当たり前の森”と考えるようになり、それでもなお、その森を慈しんでくれる。そのように、麗澤大学のモットーの「仁草木に及ぶ」の捉え方に戻れる環境づくりをすることが使命と考えました。
キャンパス全体の緑の分析:─スケルトン+インフィルの緑の提案─
麗澤大学は創立75周年を迎え、生態的には75年経った森をもっています。このキャンパスを“さとやま”と見立て、緑地ゾーニングを行いました。また、これによって75年を経た「森を形成する深い緑」と「キャンパスの骨格となる緑」を“キャンパスのスケルトンの緑”と定義し、一方グランドやゴルフ場など、今後の開発計画の中で「変化してもよい緑」を“インフィルの緑”と定義しました。
デザインコンセプト:キャンパスの中の学舎(まなびや)
(1)緑の中に囲まれた、スケルトンの緑の中の新校舎とは“森と呼吸する学舎”です。
(2)例えば、軽井沢の森の中で学んでいる学生たちというイメージで考えてください。
(3)森と呼吸するとは、
1.森をのこす
2.森をつくる ➡ そして“森と共に生きる”
3.森をまもる
以上を私たちは大切にしてキャンパスの一角に“新しい森の中の新校舎”をデザインしました。
校舎には散策できるようなウッドデッキをつくり、自然を感じられるようにしています。
70周年を迎える大学の森は高さが20mと成育し、建築の高さは5階建て・3棟とする案がコンペで一等になりました。
(都田 徹)
もうひとつのキャンパスの事例を紹介します。
■「大阪学院大学」のキャンパス
鹿島建設と協業し、1983年日本造園学会設計賞を受けた「大阪学院大学」のキャンパスは、既存の建物にタイル張りで動きをつくり、水と緑を取り入れた事例です。リスや鳥が来るようなサンクンガーデンとしました。
■大阪学院大学キャンパス計画
(1983年 日本造園学会設計賞、造園学会作品選集 2008年)
キャンパスでは、さまざまな外部空間でいかに気持ちよく休めるか、憩うことができるかが大事なので、材料にも気を遣っています。
Q. 材料という点では、ランドスケープの計画で、既製品はどのように取り入れておられますか。また、メーカーに対して思われることはありますか。
(都田 徹)
明確な機能を満たすことが求められる箇所では、メーカー品を使う場合はもちろんあります。ただ、気になっているのは、既製品がインテリアとエクステリアとでジャンルが分けられていることです。「エクステリア」という言葉には、自然と一体になった姿が感じられません。また「ビル」向けなどとカテゴリー分けした途端に、ビルディングタイプに縛られることになります。用途が固定しすぎていると、どこか硬い雰囲気が出てしまうのですね。
一方で、私たちがランドスケープの中で腰掛けられるようなオブジェクトを設えると、子供たちは馬乗りになって遊びはじめたりします。使う人を主体にして、単一の機能を超えるもののほうが人間の本質的な部分に訴え、広く楽しく使ってもらえるのではないでしょうか。メーカーには、柔らかい発想で製品を考えていただきたいと思います。
ランドスケープのデザインはそもそも、一つのカテゴリーにとらわれるものではありません。極端に寄らずいろんなことを満たす必要があり、さまざまな側面を結びつけるのがランドスケープの力です。製品を開発する方々は、ランドスケープを勉強いただくとよいのではないでしょうか。
Q. ランドスケープを学ぶ環境について、状況を教えてください。
(都田 乙)
アメリカではランドスケープアーキテクチャという学部や学科がありますが、日本ではランドスケープをどの学部や学科で学べるかが、はっきりと区別されていないようです。ランドスケープデザインを学びたい学生は、緑地や園芸などの学問を扱う農学部系か、建築や環境デザインなどの工学・理工学部系や芸術学部系などを選択すると思われますが、アメリカでのランドスケープ教育のように包括的に、ランドスケープデザイナーとして求められる能力を学べる場が少ないように感じます。私は日本の大学で建築を学び、その後アメリカの大学院でランドスケープデザインを学び、アメリカの会社で働いた後、日本に帰国して仕事をしているので、特に、日本でのランドスケープデザインの教育の場のあり方については、もう少し総合的にランドスケープのデザイン教育の機会が提供される必要性があると考えます。
日本に帰国して感じたのは、クライアントであるディベロッパーや建築家、または、地方自治体などの公共の発注者が期待するランドスケープアーキテクトの職能について、海外で一般的に定義されているランドスケープアーキテクトの職能とのギャップがあることです。日本では古くからある「造園」という分野があるためか、ランドスケープデザイナーは、「空間に多様な施設を含むアメニティやホスピタリティを与える専門家」ではなく、「樹木や植物に関する専門家」や「庭を専門とする職」と思われて、樹木や植栽についてのみの要求が多いように感じます。
実際の実務ではステークホルダーと呼ばれる、ディベロッパーや不動産会社、建築設計、公共の立場で係わる自治体、住民やボランティアなど、目指すべきランドスケープ空間の創出に関係する人たちが価値を共有することが大切であると考えています。私たち専門家は立場に関わらず、広場や公園、キャンパスなど、デザインする空間で過ごすユーザーなどの利用者や土地所有者も含め、この空間が関係するすべての環境や社会とって、本当に価値のあるものをデザインしていく視点が求められています。そのために、日本では大学をはじめとした高等教育において、ランドスケープデザインを学ぶ教育がもっと充実すべきではないかと考えてきましたし、ランドスケープデザインに携わるものとして何らかの貢献ができないものかとの思いでいます。同じような経験や考えを持つ仲間とこれらのことを共有し、少しずつでも前に進んでいければと考えます。
Q. これからのランドスケープ設計の方向性について、どうお考えでしょうか。
(都田 乙)
ランドスケープデザインは、現在の社会が求められている方向を以前から少し先取りしてきたと感じています。私がアメリカで働いていた20年前には、すでにサスティナブルという言葉は当たり前になっていましたし、同時期にはグリーンインフラという概念もすでにできていました。いまでこそ、SDGs(Sustainable Development Goals)などの環境に対する標語も、さまざまなところで見かけるようになりましたが、先行するランドスケープの考え方に、日本の世界が追い付いてきたのだろうかなどと考えています。
これまでも、上記の環境に対する配慮をデザインの中にきちんと織り込んできたつもりですが、環境と人間を隔てることなく、D&I(ダイバーシティアンドインクルージョン)のように多様性を受け入れた共生の社会を目指し、「機能」や「効率」という枠を超え、「癒し」や「楽しみ」など、人間本来が求める文化や交流、芸術性など、数字では測れないような価値を与えてくれるような、寛容でクリエイティブなランドスケープ空間を創出し、よりよい社会を導き出す”道しるべ”のような役割を担っていると思っています。
物事を両極端な考えで捉えて解決方法を見出すのではなく、柔軟に、そして多様性を受け入れながら、寛容に全体を結び付けることがランドスケープの役割であると感じます。環境を保全しながら、人々が楽しみや喜びを感じる。自然に学び、関わり続ける好循環が本来の人間の豊かさの源であり、そうした場づくりを、私たちはこれからも続けたいと考えています。
景観設計・東京
都田 徹氏(代表取締役)
都田 乙氏(専務取締役)
都田 徹 プロフィール
株式会社景観設計・東京 代表取締役。FASLA、FRLA。
大阪府立大学大学院農学研究科修士課程修了後、鹿島建設へ入社。ランドスケープ及び開発計画プロジェクトに従事。在職中にカリフォルニア州立大学バークレー校、ハーバード大学に客員研究員として留学。1986年 株式会社景観設計研究所東京事務所開設。
写真は筑波大学にて開催された2019年 日本造園学会にて上原敬二賞(日本のオルムステッド賞)を贈呈されたときのもの
都田 乙 プロフィール
株式会社景観設計・東京 専務取締役。RLA。
ルイジアナ州立大学院でランドスケープアーキテクチャ修士課程終了後、米国テキサス州ヒューストンのランドスケープデザイン事務所 TBG Partners に4年間従事。
写真はEuropean Society of Quality Reserchからの受賞の様子
著者プロフィール
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