【後編】未来のために、あえて作り込みすぎず余白を残す設計思想「余白のデザイン」を提唱。
【設計事例:角野栄子児童文学館(魔法の文化館)】
Q.「角野栄子児童文学館」のランドスケープの計画について、教えてください。
山﨑:
敷地は旧江戸川を望むなぎさ公園内の綺麗なかたちをした丘とその周辺であり、隈研吾都市建築設計事務所をはじめとする設計チームでは、丘を活かした建築とランドスケープが一体となった空間整備という共通認識がありました。ただし、建物自体はある程度大きなボリュームとなるため、丘の中に佇むような建築計画が検討されました。私たちランドスケープも建築計画と符合するように、周辺地形を調整しながら敷地全体のつながりを検討しました。
建物の基礎をつくるために掘り出した土は3500m3に及んだのですが、公園外には運び出さずに敷地内の丘やポニーの放牧エリアに土を盛って修景しています。既存の樹木は、根もとに土を20cm盛ると枯れることが予想されるため、樹木の周りはできるだけ土の高さを変えず、雨が降ったときに水が溜まらないように水を抜くようにしたり、子どもが転ばない勾配にしたり。現場には何度も通い、施工を担当する方と一緒に「もうちょっとこっちに盛ろうか」などと言いながら現場で調整していきました。
堀川:
実はプロポーザルの条件では、建物は別の位置に計画するように求められていました。ただ、その場所には乗馬ができる「なぎさポニーランド」が隣接していることもあり、建物を丘の中に移動し、丘を活かした建築とランドスケープが一体化して景観をつくる案を設計チームとして提案しました。ポニーランドは以前よりも少し面積を拡げ、文学館や二つの丘と視覚的にも機能的にも緑環境がつながるように計画しました。
建物と外構の関係で一つこだわったのは、小さな子どもにも建物の中から大きな木を見てもらうよう窓の位置を建築設計と協議したことです。子どもが桜の木を見上げるシーンを想像しながら、丘の途中にある立派な桜の木に、建物を可能な範囲で寄せていただきました。
山﨑:
また「ものがたりの丘」には、斜面を利用したオリジナルの遊具とロングベンチを制作しました。子どもの遊びは年齢が上がると、チャレンジする難易度が変わります。子どもはよじ登ったり、滑ったり、駆け上がったりしてぐるぐると走り回り、見守りの大人は子どもたちの邪魔にならない場所に腰掛けるなど、様々な機能が連続しているオリジナルデザインの遊具です。遊具は高い強度や安全性、メンテナンス性が求められますから、現場では意匠とのせめぎ合いが続きました。場所の特性に応じたファニチャーにもなったと思います。現代の都会の子どもは、自然に触れる機会が少なくなっていますよね。土地を少し盛り上げて目の高さに土や植物を置くことで土を触りたくなったり、枝に手を伸ばしたりするので、今後もそうした体験のきっかけを提案していきたいと思います。
堀川:
私たちは「余白のデザイン」と言いますが、未来のために、あえて作り込みすぎず余白を残すこともランドスケープでは大切な設計思想と考えています。特に公園は、何十年もずっと公園であり続けます。時代が変わってもきちんと手入れがされるように、今の感覚だけでつくりすぎない、押し付けないということはすごく重要だと認識して、設計では気をつけています。
山﨑:
この計画では、工事中に支障となる高木は、基本的に公園から一時的に公園外へ移植し、その後、公園に戻しました。足りない樹木は公園内や緑道から調達することでまかない、新たな樹木を買い入れることはしていません。樹木は生き物で、いったん植えると100年や200年の間そのまま同じ場所で成長し続けるのです。そう考えると植える側の責任は大きく、「本当にこの木はこの場所で良いのだろうか」と自問自答を繰り返しながら植栽設計を進めています。
Q.ランドスケープの既製品について、どのように使われますか?
山崎:
どうしても設計者は場所に応じてオリジナルでつくりたくなる傾向があります。カタログから既製品を選ぶ意識は薄いと思います。ただし、大量生産によるメリットは理解していますので、現場に応じて少しアレンジできるようになっている製品があるといいなと思います。ベンチなどでメーカーと協働することがあるのですが、さまざまな対応をしていただけることを実感しています。
堀川:
工業製品は、経年と長寿命化のことについて考えますね。風化して味わいが出てくる工業製品というのは、難しいものです。それに対して、樹木だけは、成長するインフラです。私たちのイメージでは、10年後が完成の姿です。「概成(がいせい)」と土木などでは言うことがあるのですが、施設のオープン時にはランドスケープは概ねできた状態で、その後に長い時間をかけて根付いていく感覚を大切にしています。
山崎:
木が育ってくると幹も太くなり、樹冠も大きくなるので、景観は本当に変化します。木の下に設ける「ツリーサークル」と呼ばれる製品がありますが、生長する木に対して本当に気を使った製品があるといいなと思います。既製品の比較検討や採用の際にはコストがどうしても大きな要素となりますが、10年後にどうなるかという指標が明確になれば、イニシャルコストだけで判断されない、本来の製品性能の強みになると思います。
堀川:
最近、企業では「TNFD」というワードが使われるようになっています。NはNature、FはFinancialを指し、企業の経済活動によって、自然環境や生物多様性にどのような影響が出るかを評価し、情報開示する枠組みのことです。このような考えが浸透していくと、製品を導入した場所ごとの環境評価が重要になります。建材を工場で生産する際のCO2排出量だけで建築やランドスケープが評価されることがなくなるでしょう。
山崎:
先日ある建築家と話していて、日本には、いいデザインの東屋(あづまや)がないと話題になりました。公園の中で綺麗に佇み、自然と調和するものがなかなかありません。オリジナルで制作するとどうしてもコストが高くなりますし、日陰や雨よけの機能がしっかりとしていて心地よい製品があればいいですね。その心地よさが数値化できれば、導入の際の説得力は更に増すと思います。
堀川:
昨今はどんどん夏場が暑くなり、公園のなかでの日陰が以前に増して必要とされています。芝生広場は涼しげな印象をもたれますが、芝生は直射日光によって蓄熱し、真夏の日中には表面温度が50℃ほどになるため、とても長時間の滞在ができません。また東屋を設置しても、置く場所によっては暑くて誰にも使われないということも起きてしまいます。日陰をつくる対策がなかなかできていないことは、自分たちも課題として認識しています。
山﨑:
私が所属する大学で、学生と一緒に真夏の1週間を通して公園で温度の実測をしたことがあるのですが、予想していたよりも厳しい環境でした。猛暑日が何日も続くような時の酷暑や頻発する台風には対応しきれていないという実感がありますし、変わりつつある気候に対応する製品がもっと開発され、選択肢が増えればいいなと思います。
人は、自分の体温より低い植物がそばにあると涼しく感じます。パリなどでは、建物からのふく射熱を防ぐため、子どもの通学路沿いの建物の壁を緑化していく取り組みが始まりました。緑は美しく維持することに手間がかかりますが、人の目が行き届く仕組みも入るといいですよね。日本は昔から縁側のような屋外と屋内の中間領域の使い方がすごく上手だったので、温湿度をコントロールしにくい外部空間を心地よくできるヒントがないか、考えているところです。
堀川:
視力が限られた方は、風や光に対して「触れる」と言うそうです。また足裏を通して、地面の変化も敏感に感じ取っています。その話を聞いたとき、私たちはそうしたことをあまり気にせずに安易に「風の道」などと言って設計していたなと恥ずかしくなりました。ハンディキャップのある方々の意見を聞くことで、環境を解像度高く読み込み、課題を乗り越えるものづくりができるのではないかと思います。
また、自分たちが設計したファニチャーなどが使われていると、利用者に話しかけて感想を聞いていますね。親子に「いいですね」と言われたり、想像していた以上の遊び方をしていたりすると、設計の苦労も忘れて次もランドスケープ設計を頑張ろうと思えます。単純ですね(笑)。
山﨑正代
1969年兵庫県生まれ。日本大学理工学部建築学科(企画経営コース)卒業。株式会社熊谷組を経て2010年株式会社クロス・ポイントを設立、代表取締役。技術士(都市および地方計画)、RLA(登録ランドスケープ・アーキテクト)、一級建築士、東京都市大学 総合研究所 応用生態システム研究センター客員研究員。JLAU(一般社団法人ランドスケープアーキテクト連盟)理事。
堀川朗彦
1956年北海道生まれ。室蘭工業高校土木科卒業。株式会社熊谷組を経て2010年株式会社クロス・ポイントを設立、代表取締役。技術士(都市および地方計画)、RLA(登録ランドスケープ・アーキテクト)、一級土木施工管理技士、三鷹市景観審議会委員、景観アドバイザー、東京都市大学 総合研究所 応用生態システム研究センター客員研究員。
著者プロフィール
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