【前編】自然と共生する空間「バイオフィリック・ヴィレッジ」というコンセプトを揚げ、 建物と大きな中庭を回廊で繋ぐ内外一体の空間をつくる。
【設計事例:医療機関の臨床検査などを行う拠点施設H.U. Bioness Complex】
Q. まず、光井純アンドアソシエーツ建築設計事務所さまの特長と強みを教えてください。
光井純アンドアソシエーツ建築設計事務所は、2つの理念に基づいてデザインを行っています。
1つ目は、街から建築をつくるということです。建築やランドスケープをつくる際には、計画地だけでなく、周辺の状況や関係性を分析し、「どのようなものをここにつくることが街にとっていいのか」というところから考え、最適なものを提案します。
2つ目は「デザイン・オン・レスポンス」ということです。これは、弊社代表の光井が師事した建築家シーザー・ペリの思想を受け継いだもので、自身の作品を作るのではなく、クライアントや協働者とのディスカッションを通じてデザインを応答的に思考し、同時に、その土地固有の特性を見極めたデザインを創り上げていくという思想です。
当社は、建築設計事務所として内外一体的なデザインを実現するため、ランドスケープデザイン室とインテリアデザイン室を設けています。ランドスケープデザイン室の特長は、建築と一体的にデザインを行うことです。プロジェクトの初期段階から、建築の向きや配置、庭の種類や用途、インテリアとの関係などを考慮し、それらに呼応してランドスケープデザインを提案します。私たちは敷地の余白を埋めるのではなく、空間をつくることを目指しています。ランドスケープデザイン室は2015年に設立してからスタッフの人数が増え、建築を伴わずにランドスケープのデザインだけで依頼されることも徐々に多くなっています。(松本さま)
Q. 「H.U. Bioness Complex」のランドスケープについて、狙いや設計のポイントはどのようなものですか。
医療機関の臨床検査などを行うH.U.グループの拠点施設「H.U. Bioness Complex」では、4棟の建物と3カ所の大きな中庭を回廊でつなぎ、内外一体の空間をつくりました。また、建物の向きや配置、テラスやダイニングの位置、庭の種類や用途などは、建築やインテリアのスタッフと一緒に詰めていきました。建築の用途に合わせて、屋外空間を提案しています。
このプロジェクトの特長は、来訪者に対するお迎えや従業員に対するホスピタリティを建築・インテリアを含めたランドスケープ全体で体現化したことです。来訪者が施設に入ってきたときに、大きな水盤と緑が印象的なシーンをつくりました。見学ルートもシークエンスで考えて、どのような景色を見せて印象をつくっていくかと工夫しました。従業員は他の入口を使うのですが、入ったときの正面に別の中庭が出迎えるようにしています。
回廊には、緑色のカーペットを敷きました。これは、外の芝生と色合わせをし、中なのか外なのか分からないような空間を目指したものです。回廊はY字路で分け、くねくねと曲がっていて、その間にさまざまな木々が見えたり、水や石が表情豊かに見たり、多様なランドスケープとの出会い方が出来るように工夫しています。
ダイニング前の屋外テラスでは水が流れ、水の音を聞いてリラックスできるといったことを考えながら空間をつくっていきました。内外一体のデザインといえますし、非常にランドスケープ的な建築という言い方もできると思います。(松本さま)
Q. 中庭とエントランスについて、さらに説明いただけるでしょうか。
中庭には、「ヒポクラテスの木」を植えています。古代ギリシャの医学の父、ヒポクラテスが、木陰で弟子に医学を教えたと伝えられています。その木の子孫が日本にも種や苗木で渡ってきて、医療関係の施設に多く植えられています。私たちも、臨床検査施設という健康に関わるシンボルとしてこの木を入手することができました。この木は葉の密度が高く、生長が旺盛です。ここに移植してきてから、よく育っています。また、この木はメインエントランスからも水盤越しに見ることが出来、健康を目指す施設を象徴するものになっています。
メインエントランスのホールでは、水盤に当たる日光が反射して室内に入ります。天井にも水面の揺らぎを映すために、天井は反った形状にして白く仕上げました。これは、建築とランドスケープが連携し一体で考えたことで生まれています。水盤には、噴水を設けることを提案しました。水がプログラムに合わせて高く噴き上がるようになっています。室内側には水を張っていないのですが、中庭の水盤と続くように水面の映像を映すLEDモニターが床面に設置されています。ここでは、展示スペースとして企業の紹介をしつつ、水や緑など生命をイメージするような“もてなし”の演出をしています。(松本さま)
Q. このプロジェクトで、水や緑を多く取り入れた背景を教えてください。
車で来られた方が通るアプローチの部分では「H.U.の杜」と名付けています。ここには敢えて、幼木や苗木などを植え、今後生長していく森を育み、周りの生態系に貢献しようという取り組みをゲストに体験してもらうアプローチとしました。デザイン提案の際には、参考となる写真を見せながら「最初はまばらに見えますが、何年後にはこんなふうになります」と、木の生長を見守ることを提案しました。
私たちは、今回のプロジェクトについて「バイオフィリック・ヴィレッジ」というコンセプトを揚げてデザインしました。街のように、自然と共生する空間を目指したのです。人間は本能的に自然に惹かれるという「バイオフィリア」という考え方に基づいて、人は自然を見たり触れたりするとリラックスできたリ、新しいインスピレーションが湧いたりすることが証明されています。私たちは、そうした自然とのつながりを感じられる空間が今回の施設には相応しいと思いました。中庭を増やして回廊を通るときに緑が見えるようにし、植物の色の変化や水の音などを楽しめるように工夫しました。すべては、少しでも、研究者の方々にリラックスしてもらったり、インスピレーションのきっかけとなる体験をしてほしいですし、ここで働きたいと思ってもらえるような魅力的な空間にしたいとも考えたためです。
来訪者には、移動するときにどんな順序で何を見てもらうとよいか、シークエンスを熟考しました。木々に囲まれたアプローチでは道を少し遠回りさせて、これから向かう建物を見え隠れさせ、来訪者の期待感を高める演出をしています。中庭では、奥行を感じられるように、その縦横比と回廊の形状の関係を幾通りも検討したり、入口からの目線の先に木を配して視線をいったん止めて、ダイニングや人のいる風景は歩きを進めるときに見えてきたり、というように目移りをさせていくようなデザイン展開を考えました。(松本さま)
Q. 細かい仕様まで決められたのですか?
このプロジェクトでは、私たちは、デザイン監修という立場で参画し、仕様の方針を含めたデザイン意図を事業者・設計者・施工者へ伝えることが業務になりますが、現場フェーズでのフォローも多岐にわたります。例えば、圃場で実際に植える木を選んだり、現地で植える時に立ち会って木の向きや立てる角度を決めました。このプロジェクトの大きな特長は、石のある水景です。現場では、コンクリートの上にチョークを使って原寸で石や水の流れの絵を描いて、作業員の方々に指示をさせてもらいました。炎天下で一緒に汗を流してコミュニケーションを取りながら作業したのは、今となってはいい思い出です。(松本さま)
光井純アンドアソシエーツ建築設計事務所
松本 賢・・・まつもと さとし
ランドスケープデザイン室 室長
1977年神奈川県生まれ。2000年関東学院大学工学部建築学科卒業。2015年に光井純&アソシエーツ建築設計事務所入社。現在、同社ランドスケープデザイン室室長として業務を行う。
主な実績
●H.U. Bioness Complex
●ナゴヤ ザ タワー
●ブランズシティあざみ野
●Tsunashima SST
●三井ガーデンホテル六本木プレミア
光井純アンドアソシエーツ建築設計事務所
遠洞 躍斗・・・えんどう やくと
ランドスケープデザイン室 アソシエイト
1991年岩手県生まれ。2016年日本大学大学院理工学研究科海洋建築工学専攻修了。同年に光井純&アソシエーツ建築設計事務所入社。現在、同社ランドスケープデザイン室アソシエイトとして業務を行う。
主な実績
●白金ザ・スカイ
●Brillia Tower 聖蹟桜ヶ丘 BLOOMING RESIDENCE
●Brillia 聖蹟桜ヶ丘 BLOOMING TERRACE|サクテラスモール
●プレミスト有明ガーデンズ
●プレミスト松山二番町
著者プロフィール
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