【後編】いざ、避難する時の防災機能を備えた避難場所でもある図書館。 防災意識や避難の目的地となる風景を育てる目的で、 地域に愛され、学びと遊びのある交流施設の魅力をデザイン。 【和歌山県 街を見守る丘「海南nobinos(ノビノス)」の事例】

Q 街を見守る丘「海南nobinos」のコンセプトを教えてください。

「海南nobinos」のプロジェクトは、僕らは、建築の配置や形状が決まった後に参画しましました。

和歌山県の海南市は南海トラフの地震が起きたときに7~8mぐらいの津波が来るだろうって言われているところで、このエリアは海に近いのです。
色々な地方都市がそうであるように旧市街地というのは空洞化が進んでいて、大体郊外に大型商業施設があり、周辺にニュータウンができて、そこに住んでいるっていうケースが多いのです。

それでもやっぱり街の中心地は旧市街地にあって、その街の中に新しくできた図書館があり、図書館としての機能以外にもう一つあるのが、避難場所なのです。避難場所である図書館の上まで逃げてくれば、一応想定の高さはクリアできる。もっとひどいときは図書館の屋上まで逃げられるようというような2段構えになっている防災機能を備えた図書館がここにあるのです。

和歌山県 街を見守る丘「海南nobinos(ノビノス)」プロジェクトの事例

撮影:ナカサアンドパートナーズ
ファニチャーが点在する棚田状の芝生広場を鳥瞰

僕らが出したコンセプトは「街を見守る丘」。

このエリアは、もともと市役所と公園でしたが、市役所が山の方に移転したため、利便性があり、各市民が集められるような位置にあり、駅も近く、公民館的な文化施設も周辺にあり、街の公共機能が集約していて、地域の防災拠点となりました。

いざというとき逃げないといけない場所っていつも知ってないといけない。毎日遊びに行っているとか、目にしている場所の方が逃げやすいじゃないですか。遊びに来られるような場所にした方がいいと思うし、いろんなイベントをできるような舞台としての丘をここに作ってみませんかという話をして、この単純な盛り土になっていた丘を棚田状にして居場所をたくさん作っていく、そこで休めたり遊べたり、目的地となる風景を作ることが、いざというときに、避難地として目指しやすくなるのではないかと思った訳です。

歌山県 街を見守る丘「海南nobinos(ノビノス)」プロジェクトの事例

撮影:ナカサアンドパートナーズ
施設全景

市街地の中にあるこの丘を、単純な緩やかな芝生の植栽地ではなく棚田状にフラットにして、ここだけで遊んだり、いろんな遊び方ができるよう作っていきましょうということで、丘を少しコンタ状に切ってレベル差を変えていきながら、ファニチャーが点在するような場所をつくる計画にしました。

「海南nobinos」はコロナ時期にオープンしましたが、年間数十万人が訪れる人気施設になっています。
図書館の中もすごく素敵なのですが、この図書館は子ども連れが毎日遊びに来ます。ずっと本を読んでいないで大体外で遊んで、またしばらくして帰ってきて図書館で本を読むような感じの使い方をして、日がな一日、ここで遊んでいるっていうような場所になっていますね。
それなので、例えば避難のための平場が必要とか、いざというときに何人がここに集まれるのかといった様々な開発与件の元での設計ではありましたが、それをさらには図書館の前で遊べるような形にしていくためにどうしたらいいのかと考えました。

また、あまり段差がきつくしないよう、大体1段300~450mmぐらいの高さのコンタで設計しているので、家族みんなが楽しめるようになっています。植木も段々大きくなってくれば、日影を作ってくれますし、この場所の居心地が上がってくれば、さらに使い勝手も良くなるかなと思っています。

和歌山県 街を見守る丘「海南nobinos(ノビノス)」プロジェクトの事例

撮影:ナカサアンドパートナーズ
広場には休んだりも遊んだりもできるファニチャーを散りばめた

この全体の計画をプロデュースしているのは、グラフィックデザイナーの廣村正彰さんで、この施設全体のそのサイン計画や色彩計画などを担当されていました。私たちも廣村さんから声をかけて頂いたチームの一員です。

 

「海南nobinos」のプロジェクトデータ

所在地 和歌山県海南市
事業主 海南市
広場など外構面積 約4,500㎡
建築設計 東畑建築事務所
全体デザインディレクション・サインデザイン HIROMURA DESIGN OFFICE
インテリアデザイン 藤森泰司アトリエ
遊具デザイン 小林和生
植栽計画 TREEFORTE
ランドスケープデザイン STGK Inc. (スタジオ・ゲンクマガイ)

 

廣村さんが、この施設のアイデンティティとして、海南カラーを決めていました。海なんてこんな色だよね、海南のみかんはこんな色でというように、土地の色を提示くださり、その色を使うことで、全体の統一感をつくっていました。

和歌山県 街を見守る丘「海南nobinos(ノビノス)」プロジェクトの事例

撮影:北山勝哉写真事務所
ディレクター廣村正彰氏が設定した海南カラーを広場のファニチャーにも採用

上の写真にある、ベンチの海南カラーの青も決まっていて、でも、それがすごく素敵な色の組み合わせだったので外のベンチに取り入れました。また、この跳び箱みたいな形のベンチは、実は中の図書館の本棚やファニチャーと同じシルエットをしていて、内外全部一体的にこの形で展開されました。

本当に色使いがすごく細かい指定があって全部違う色だったりして、作業は大変だったのです。色合わせしながら、手をかければかけるほど、こういうものはよくなるのです。

我々も、図書館の中のファニチャーのデザインをされていた家具デザイナーの藤森泰司さんとコラボレーションしながら、それを外部にそのままシルエットとして出してきて、海南の色で染まったものも飛び箱なのかベンチなんかよくわからないようなものがここに配置され、それで休んだり遊んだりできる、平均台みたいに走り回ったり、本当に飛び箱みたいに使う子もいれば、あそこに座ったりする子たちもいるっていうように、遊具ではないのだけど遊具っぽくも見えるファニチャーを展開させたのです。このS字っぽく見えるのはいろいろスタディした結果ですね。コンタは直線的なのでここは直線よりは何かS字のほうがよいということで決めていったのですね。

基本は全部芝生で、いざというときにいろいろ資材を運び込んだりすることができるような場所として使いつつも、普段は子供たちが走り回れるような広場空間として使えることにしています。

完成して、2年ぐらい経ちますが、後はコロナも少し収まってきているのでイベントなどを通して、さらにこの場所の認知度が上がってくるようになれば、いざというときにここに逃げればいいということを広く知ってもらえる。住民の方は防災に対するリスクの高い暮らしをされているので、そういうところがあるといいなと思います。

図書館の2021年で年間利用人員は52万人で、人口10万人規模の自治体における公共図書館の入館数全国3位、関西地方で第1位です。海南市人口が5万人弱しかいないので50万人ということは単純に全市民が年間10回は来ているということで、他都市からも来ているかもしれないそうです。

トータルでいろいろ全体をディレクションする人が廣村さんで、僕らも廣村さんに集められました。

このプロジェクトは海南市のプロジェクトで、市の担当の方が素晴らしくて、いわゆるスーパー公務員でとってもユニークな方がいらっしゃいました。その方がやっぱり本物を与えたい。デザインの重要さを伝えたいという熱い思いがあって、廣村さんや藤森さんといった、そうそうたるデザイナーが集められていました。図書館という集客施設といえども、やっぱり年間50万人とかそういう数は結構大きいですよね。

 

Q このランドスケープのコンセプトっていうのは、色々なデザイナーさんが関わってくる中で、どんなふうに定めていたのですか

「海南nobinos」についてはシンプルに人が毎日集まってくれる街を見守ろうかというか、それを可視化しようというのが大きなコンセプトとしてありました。

図書館も中もそうですし、この場所にもふらっと散歩に来たりとか子供を遊ばせに来たりとか、そういうことができる場作りにするというのがコンセプトです。何気なく見える豊かな日常風景がここにあるからこそ、いざ避難というときにこの場所が地域の防災に本当に役に立つんじゃないかというのをコンセプトにしました。

造形としては緊急時に使いやすいように、この斜面地ではなくて、ただ上にフラットな場所をたくさん作ることで、テントを張りやすくするとか、特に災害が起きたときは4m低いところは使いませんけど、水が引いた後、少し片付けてそこでの災害が起きた3日後から2週間後ぐらいまで災害対策拠点になります。そのときに、物資の搬入搬出とか、給水車が来て水を配れるとか、何かその仮設のトイレが置けるとか、そういうようなことが全部この丘が引き受けられる状況を作っていくと考えると棚田状にしてフラットな場所を作りながら、防災と復旧活動を問題なく行えるいざというときの姿と、それをその姿を想像させない日常の使われ方みたいなものも両立して考えました。

 

Q 災害用の水なんかも自動受給できるのでしょうか。

たぶん、水の受給装置は取り付けていないと思いますね。いわゆる給水車対応です。収集車とかそういうのは出てくるでしょうけどね。しかし、道路を挟んで対角にある病院の談話室の窓から図書館まわりがよく見えます。この街を見守るといったときに、防災施設の形状だけじゃなくて、設え方とか有り様がどうあるべきか、どういうデザインの解決法があるのかということも重要です。

 

Q 図書館の他に生涯学習支援施設とか子育て支援とか、市民ホールなどが入居しているのでしょうか。

「海南nobinos」は図書館機能、市民活動生涯学習活動支援、子育て支援、カフェ、広場などを有する、市民交流施設です。

ランドスケープはその場を読みながら、何がその最適解かっていうのを考えていくものなので、「カワサキデルタ」の場合はビルとか鉄道という高密度の都市の中で、その合間を縫って移動しているような人たちにどういう楽しさを与えられるかがポイントでした。

逆に「海南nobinos」は町としてのシンボリックなものはどうやったら作れるのかっていうようなことを考える中で、どのようなあり方があるのかと考えました。その場その場で与えたいという条件と環境の中で何をひとつの提案として出していくのかっていうのは、ランドスケープデザインの役割になります。

本来我々はまだ建築計画が決まっていない、これから計画しますいうスタッフとしてチームに入り、一緒にその建築も含めて検討していく中で、ランドスケープとしてどういうこと出来るかを考えられればよいと思います

 

Q それぞれ事例で語っていただいた方がわかりやすいかと思うのですけども、ランドスケープと建築計画との関係性はどういうふうに考えているのでしょうか。

「カワサキデルタ」の計画の場合は、建築計画との関連性っていうことで言えば、建築計画ありきです。もちろん基本構想があってオフィスビルとホテルをどう建物を配置して、どういうふうに建てたらいいかっていうのは重要で、事業収支によって規模や配置も決定されてきます。

開発条件で決まってきますので、高層のビルっていうのは、どれくらいまで建てられて、容積率がどこまでで、ここにこういう計画のビルを立てれば最大限床面積が取れますっていうそこから始まるじゃないですか。そこが絶対的になっていくので、そこに対して、いやこんな建物をこっちに載せましょうという意見することは多少あるのですけど、それが通ることなんてすごく少ない。やはり、1階の外にこうやって広場を作りましょうみたいな話を言うのはなかなか難しいですね。

ただ、そのメガスケールの建築物を構築していく中で、どうやってそこにヒューマンスケールのものを生み出していくかっていうようなことは、ランドスケープデザイナーのフィールドになりつつあるのかなと思います。また、動線計画を変更したいと言うときに我々の方がランドスケープの立場から提案することはあります。

 

Q ランドスケープの立場から見て、エクステリアメーカー資材製品をどう評価していますか。メーカーはたくさんの種類の資材を作っているわけですが、ベンチなんかもないことはないわけですが。

既製品を使うことはもちろんあります。
例えばフェンスです。既製品の方が使い勝手もいいですし、コストも安く収まるので使います。カーポートなんかも、ものによってはYKK APさんのものも使っています。富山県黒部市にあるYKKの新しくできる独身寮のランドスケープを担当しているので、そこでは使わせていただいていますね。ただそういうものはデザイン的にあんまりいいなと思うもの少ない。
各メーカーの製品をみてもやっぱりある意味とても似ています。でも似ているっていうのはやっぱそこに需要があるということでしょう。我々デザイナーが入ってやるプロジェクトは、日本の全ての建設工事の数%で、ほとんどの場合はそうじゃない人たちが使っていて、こういうものが求められているのだっていうのを知るにはすごくいい勉強です。

ただ、そこにもう少し多様性、特に、デザインの多様性は欲しいなとは感じます。それと値段や素材の多様性ですね。その多様性というのはすごく嬉しいのですが、逆に言えば変にデザインされてないものがすごく面白い。シンプルに無骨なものが欲しい。何かデザインの種類というか、そういう思考や趣味、趣向で作ろうとするとすごく多様というかもう何かに答えがないみたいになっちゃうと思うのですけど、ここはもう本当にビス1個と押型成形だけで作るとか、そういうふうにシンプルなコンセプトで作られるものあってもいいと思います。

ここ2、3年ぐらいにすごく意識しだしていることがあります。

間伐材を使っても、この森を間伐するとその代金がまっとうに支払われて、その森の維持保全を確保できるみたいなことがリアルにわかるということが大事です。例えば人工再生木は何%かのリサイクル材を使っていますが、それがどこから来ているかよくわからないじゃないかと思います。もうちょっと、その仕組みを追いかけることができるようなストーリーが必要です。そういうストーリーがちゃんと作れるような商品は世の中にないかなとはいつも探しています。

たとえば、大分の佐伯市では、ヒオウギ貝という貝が捕れますが、貝殻はすごく綺麗で、天然ものでも7色になるっていう不思議な貝なのですけど、捕っても利益が出ないのですよ。どうしているかっていうと漁獲した貝は水産加工品にします。その貝柱がすごく肉厚でホタテっぽいので、これを乾燥させて、缶詰にしたり乾燥ホタテとして売ったりするわけです。すると何が起こるかというと、海がゴミだらけになるのです。この貝殻をゴミとして産廃に出すと、産廃処分費が売り上げを超えてしまうからです。すると採れば採るだけ赤字になるので、貝を海に捨てちゃうのです。もちろん綺麗なので、何ていうか、何個かお皿として売ったりアクセサリーとして加工したりしますが、微々たるものです。みんなこうやって海に捨てるから、この海の栄養が高まって、そこの漁獲高が落ちるわけです。こういうマイナスなサイクルが起きると結局ここの漁業の風景がなくなってしまう状況になるのです。

それじゃ砕いてタイルしようと言って作ったのがこのタイルです。これを横浜のグランモール公園に持って行って現場で塗ってもらっています。

この板状のタイルにしたものが、いろいろな場所で使われています。そうなると、今までお金を払って捨てていたものが、漁師がお金をもらえるようになってくる。この貝の臭い抜きが結構大変ですが、洗ってくれるようになるわけです。やればやるほど佐伯の漁師たちも自分たちの海を綺麗に保てるし、貝殻はちゃんと商品として世に出ることになる。

つまり、その場所でサスティナブルスト-リーが加わる。日本全体のいわゆるリサイクルが可能になり、環境再生業者が繋がっていくじゃないですか。それができるのはメーカーさんしかいないと僕は思っています。

メーカーの方々って、自分たちが作ったものが販売していけるからそういうスケール感はすごく幸せだと思います。だからこそこれは本当小さな一例なのですけど。もうちょっと見える形でこういう物語をたくさん作っていけるいいなと思います。

そういうことを常々やりたいなって思っています。それはメーカーと提携することもやぶさかでないです。僕らの知見が活かせるのであればもう全部提供しますし、共同開発できるなら是非させてもらいたいなと思います。

 

Q カーポートのデザインについては何かアイデアはございますか。

おっしゃる通り、ここ5年ぐらいで、パーソナルモビリティの多様性は大きく変化し、停め場は絶対に問題になりますよね。それに良いデザインでちゃんと展開できるようなものを作っていくのは今チャンスだと思うのですね。ぜひ開発して欲しいと思いますし、本当に必要ですよね。車だけじゃなく、特に自転車置き場、サイクルポートか、そういったのはもうどんどん変化すると思うのです。

 

Q YKK APに対する企業イメージはどのように考えていますか。

エクステリア商品というよりはもうちょっとパブリックなものに手を出してもらいたいと思います。アルミの可能性は大きくある。それを公共空間で使ってみたい。

 

 

熊谷 玄

熊谷 玄 STGK Inc. 代表 | ランドスケープデザイナー

1973年横浜生まれ。現代美術作家Studio崔在銀のアシスタント、earthscape inc.を経て、2009年3月STGK Inc. (株式会社スタジオゲンクマガイ) 設立。ランドスケープデザインを中心に、人の暮らす風景のデザインを行なっている。

愛知県立芸術大学(2011年~)、東京電機大学(2017年~)、千葉大学(2018年~)、東大まちづくり大学院(2021年〜)にて非常勤講師を務める。一般社団法人ランドスケープアーキテクト連盟理事。

主な仕事は「左近山みんなのにわ」、「グランモール公園」、「have a Yokohama 横浜駅西口仮囲いプロジェクト」、「JR横浜タワー/うみそらデッキ」など。 https://stgk.jp