線路跡地に若者が集結 ! 新しいまちと文化をつくる!!
東京都と神奈川県を結ぶ、「小田急線」の複々線化事業と連続立体交差事業は構想から約50年、着工から約30年の歳月をかけた苦難と調整の歴史を乗り越え、2018年にようやく完成を見た。そして、2021年に「東北沢」から「世田谷代田」間の地下化により、新たに創出された全長1,7km、約27,500㎡の地上の線路跡地を「下北線路街」として開発された。今回は、線路跡地という難しい地形を、個性豊かな空間に再生し、新たなまちづくりに取り組んできた関係者の思いと、その手法をご紹介したい。
“らしさ”を追求した「下北線路街」
「下北線路街」は、小田急線「下北沢」を中心に、上り方面の「東北沢」と下り方面の「世田谷代田」の3駅にまたがっている。下北沢といえば「若者とサブカルチャー」のまちとして人気のエリアで、ファッションや音楽・演劇のメッカとして首都圏を代表するスポットにもなっている。
しかし、下北沢地区の複々線化工事が2004年に着工、連続立体化工事は2013年にスタートし、交差する京王線の高架工事も重なり、若者のまちは長い間分断を余儀なくされてきた。また、地価の高騰により、個店からチェーン店に、商業者の入れ替えが進む中、下北沢らしさを維持するのが難しくなっている。より良いまちにしていくにはどうしたらよいのか、「下北線路街」には、将来のまちづくりにつながる深い分析と解決策が求められていた。小田急電鉄と地元自治体の世田谷区は、こうした地域の課題に応えるため、全国でも前例のない新たなまちづくりに取り組んだ。
開発者達がこだわった手法とは、大企業や行政が主導してきた従来の開発手法とはまったく違うもので、個性豊かな実行力のある若手プレーヤー達に機会を与え、その思いを後押しする“支援型開発”だった。こうした開発手法の下で、「自分らしく生きる」「多様性にあふれたまち」「シモキタらしさ」をテーマに、1.7kmの線路跡地を13ブロックに分け、魅力的な施設を配するヒューマンスケールのまちづくり“が始まったのだ。
「お店の学校」から始まった、新しい商店街
下北線路街には、地域住民が自由に使える「下北線路街 空き地」や、店舗兼用住宅の商業施設「BONUS TRACK」、テラス付き賃貸住宅、東京農業大学による世田谷キャンパス、「住む」と「学ぶ」が一体となった学生寮、地域に開かれたギャラリーのある保育園、“お屋敷”の佇まいをした温泉旅館がすでに完成、さらに、次世代型商業施設や都市型ホテルの開業も控えている。取材時には、このような多種多様な施設群が線路跡地に連なっていて、飽きずに3駅を歩いてしまった。
注目は、にぎわいの核となる「BONUS TRACK」で、小田急と開発チームはこれからの時代の「いいお店」とは何か?を真剣に討議し、このまちに求められる商業者を育成する「お店の学校」を2年前に開校したことだろう。
「BONUS TRACK」は、用途制限の中で、1階に店舗、2階に住居がある長屋のような商店街をつくるというコンセプトの下、事業者を広く「公募」し、従来のテナントリーシングと一線を画す、新しい取り組みに挑戦している。まず、事業者へのヒアリングを重ね、支払い可能な家賃や必要最低限の面積を割り出し、事業者に寄り添った空間形成に配慮した。また、公募者の採択基準は、まちづくり方針への理解と、事業への取り組み姿勢を重視、店主の個性が光るカフェや本屋の出店を可能にしたことで、他にはない新しい商店街を誕生させた。
外部空間の豊かさが空間価値を高める
下北沢エリアは、駅周辺の繁華街を抜けると、東京を代表する閑静な住宅地であるが、大きな公園や広場が不足していた。そこで、緑をふんだんに取り入れてほしいとの声に耳を傾け、緑を介して人と人が有機的につながり合うまちづくりを2019年にスタート。気鋭のランドスケープデザイナーを中心に有志チームを結成、小さな庭や雑木林のような草木を混在させ、植栽に絶えず人の手が入り、まちの人が緑と関わっていく仕組みとなる、「下北線路街園藝部」を組織した。「藝」という旧字体の中心にある「埶(げい)」は、人が苗木を土に植える姿を象形したものであると言う。
彼ら“下北園藝探検隊”が最初に実行したのは下北沢の街歩きで、家の軒先や壁の植生を観察、園藝への興味と愛着を醸成していった。「下北線路街園藝部」は建築家と連携し、植栽から場の空間づくりまで手掛けており、広場に植樹された立木の1本1本の美しさからも、園藝部の活躍はもちろん、小田急をはじめとするプロジェクトに係わった有志連合の意気込みが伝わってきた。
また、敷地と建物の関係や、庭と植栽の配置の一つ一つに工夫とこだわりが感じられ、心地よいヒューマンな空間になっているのが印象的で、これなら出会いや交流が生まれやすいと納得させられた。
さらに感心させられたのは、広場に置かれた遊具が、「ドラえもん」に登場するようなドカンや、大きな石積みと土盛りなどで、子どもたちに創造的な遊びを誘発するねらいから、一般的な遊具の姿は見られない。
このように、住宅地ならではの未来に向けた“手づくり”のまちづくりに挑戦した「下北線路街」の取り組みは、全てが新しい事づくめであり、大規模な開発を一気に進めるのではなく、小規模な開発を連鎖してきたスケール感から見ても、今後のエクステリア産業界のイノベーションに多くのヒントがあるように思える。ポストコロナのエクステリア産業界を支えていく若手の台頭と、彼らが思い切りチャレンジできる環境づくりを、今こそ準備していく必要があり、その好機を逃してはならない。
「いいお店」が集まれば「いいまち」になっていくように、「いい庭」が「いい家」につながり、「いい家」が集まれば「いいまち」へ、地域ブランドの形成と共に資産価値も高まっていく。個や地域の夢を実現してくれるエクステリアにこそ未来はあるように思う。
百瀬 伸夫(取材・写真・文)
まちづくりアドバイザー、商店街活性化コーディネーターほか
武蔵野美大建築学科卒 ㈱電通にて環境設計部・スペース開発部長、電通スペースメディア研究会、電通集客装置研究会を主宰、㈱ロッテ専務取締役を経て、一般社団法人IKIGAI プロジェクト理事、NPO法人顧問建築家機構理事、一般社団法人日本ガーデンセラピー協会顧問、テンポロジー未来コンソーシアム㈱代表取締役。著書に『新・集客力』、『Showroom& Exhibition Display Ⅰ・II 』他がある。
【出典】
月刊エクステリア・ワーク別冊 サードプレイス『庭・快適空間』より
厳選 サードプレイス事例
◎最新事例「サードプレイス『庭・快適空間』2021年秋」(住宅環境社刊)
お問い合わせは㈱住宅環境社ホームページ参照「エクステリア・ワーク」で検索ください。
著者プロフィール
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